モダンなラブとぜいたくなミルク育児(後編)

「モダンラブ・東京~さまざまな愛の形~」第1話と母乳とお金と。前回の続きです。ネタバレを含みます。
有馬ゆえ 2022.11.11
誰でも
ピジョンの手動搾乳機についてきた160mlの哺乳瓶。3カ月めぐらいからは、この量では足りないのであります。お隣は子どものともだちホッペルちゃん。photo:yue arima

ピジョンの手動搾乳機についてきた160mlの哺乳瓶。3カ月めぐらいからは、この量では足りないのであります。お隣は子どものともだちホッペルちゃん。photo:yue arima

こんにちは。ライターの有馬ゆえです。

前回のレターの配信後、母乳育児に関する複数の感想をいただき、うれしかったです。「私も完ミの女!」という同世代の女性からの告白を受け、夫以外にもいたんだなあと思ったり。皆さまの周りの母乳/ミルク育児についてもっとお聞きしたいので、なにかありましたらぜひお寄せください。どうぞよろしくお願いします。

今回は、引き続き、Amazon Prime Videoの「モダンラブ・東京~さまざまな愛の形」第一話とミルク育児について考えたことを。内容のネタバレがありますので、これから観るよ~という方はご注意ください!

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出産前から、私は夫にミルクでの授乳や子どものお風呂係を担当してもらうのだと決めていた。『たまひよ』などのプレママ向け情報により、「10カ月弱、体内で子どもの成長を感じ続ける母親に対し、父親には当事者性が生まれにくい」と読んでいたからだ。

だから、私が仕事で授乳ができないときや、深夜帯や外出先をはじめ私が授乳をサボりたいときは、夫に積極的に粉ミルクでの授乳を頼むことにしていた。

数年前からは缶やパックの液体ミルクも市販されるようになり、最近では「缶につけられるシリコーン乳首」のような便利グッズも売っている。明治の「ほほえみ」の缶ミルクなんて、ベビーメーカーピジョンの哺乳瓶「母乳実感」の吸う部分を取り付けて飲ませることができるらしい。

ただ、それらを便利でいいなあとうらやむ反面、もし7年前にあったとしても、私はそれほど活用しなかったかもしれない。正直なところ、産後の出費がかさむ時期には、粉ミルク代ですら削りたい気持ちだったからだ。

明治のサイトによれば、3~5カ月の赤ちゃんの平均的なミルクを飲む量は1日に1リットル程度。完ミで育てる場合、6日ちょっとで810g入りの粉ミルクを1缶使ってしまう計算になる。粉ミルクの価格は1缶1800円~2400円なので、1カ月なら5缶、価格にして9000円~1万2000円かかることになる。

完母で育てられるならば、その費用はまるまるかからないのである。粉ミルクは、私にとっては一種の贅沢品だった。母乳が出なかったら、自分をちょっと恨んでいたかもしれないなと思う。

0歳児育児をしていた7年前、私は、働く母親たちがじわじわと世の中に進出しつつある、という勢いを肌で感じていた。本や雑誌、webサイト、SNSなどを見てもそれがわかったし、実際に我が子と同じ年の子どもを持つママ友には、会社で初めて産育休を取った人、部署で初めてのワーママ正社員になった人、子育てのための時短勤務制度を使う第一号になった人もいる。

少なくとも自分の住む東京では、私たち母親が自分一人で子育てを担う時代は終わりに向かっているのだ、という空気があった。育児は夫婦で協力してとりくむべきミッションであり、子育てを「手伝う」「サポートする」と話す父親はゆゆしき存在である、と言われはじめた時代だ。問題視されるようになった「ワンオペ育児」「孤育て」も、社会に衝撃を与えた「保育園落ちた、日本死ね!!!」も自分ごとだった。Excelシートで家事育児を可視化して夫婦が家事育児を分担するというメソッドも、この頃に生まれたものだ。

私はこうしたムーブメントを歓迎していたが、同時に息苦しさも覚えていたように思う。なにか、強迫観念のようなものがあった。

母乳で育てろ、三歳まで手元で育てろと言われなくなった代わりに、母親ならば粉ミルクやベビーフード、保育園、食洗機やロボット掃除機、全自動洗濯機、ベビーシッター、家事の外注などを上手に利用しなさいと迫られているようだったのだ。

「生活など無駄なものはやめなさい。次世代のためにも、キャリアを積みなさい。労働してお金を生み出しなさい。そうできないのは劣った母親だ」

「母乳だけで育てようだなんて時代遅れだ。現代を生きる母親ならば、粉ミルクを導入して母親業を軽やかに脱ぎ捨てなさい」

私はこんな圧を感じていた。いや、今でもどこか出感じている。そしてなぜか、妻、母業を外注するだけの経済力を持たない自分に、うっすらとした劣等感を抱いているのである。

女性が仕事を得て、社会的な地位や承認、経済力を手にすることは、女性の人生を守るうえでとても重要だ。しかし今、母親が仕事で立場を得ていくことは、まだまだ一部の人の特権なのではないだろうか。

男性部下から「部長」と呼ばれ、シンガポールで行われるイベントにゲストスピーカーとして呼ばれる「モダンラブ・東京」の真莉は、まごうことなき正社員のハイキャリア女性だ。パートナーの前田敦子演じる彩は、「新しいプロジェクトを率いて」休暇が取れない「高給取り」。彼女たちは、おそらく年収世帯年収1000万円以上のパワーカップルだろう。

彼女たちは、育児にお金をかけることができる。真莉が使っている、左右の胸から同時に搾乳ができるメデラの電動搾乳機「Swing Maxi(2021年発売モデル)」は2万8600円で、私の使っていた手動の搾乳機の10倍の価格だ。ちなみに、真莉は同じメデラの専用授乳用ブラジャー(4070円)も愛用していることが見て取れる。

真莉と彩夫婦は、おそらく購入した都内の一戸建てに住んでいて、出張に行くために乳母としてやってきてくれる母親がいて、労働のモーターを回すために粉ミルクを買う。

経済力も、持ち家も、母親というシッターも持つ彼女たちのミルク育児は、私のそれよりもずっとぜいたくな選択だ。ましてや、粉ミルクを買うために自分の食事を削りながら非正規で働く貧困母子家庭の母親たちにとっては別世界の光景だろう。

最近は、子育て支援として粉ミルクやおむつの購入に使えるチケットを配布するようになった自治体もある。ただそれが「粉ミルクやおむつをあげます」という以上の意味を持たないのは残念だ。例えば、乳児期に粉ミルクには事欠かなかった子でも、小学校の夏休みに給食を食べるだけのお金がなくてやせてしまうかもしれない。

真莉の抱える母乳神話にまつわる苦悩は普遍的であり、いまそれがドラマとして描かれる意義は大いにある。しかし、「モダンラブ・東京」の描く粉ミルク育児が、誰かを解放しながらほかの誰かを排除しているのも事実なのだ。

メディアは、富める母親たちの物語を描きすぎたのだろう。私もその罪の一端を担っている。子育てと仕事の両立について取材し、家事育児の手間をお金で解決するような記事を書いたことは一度ではない。そんなこと手が届かないと、自分自身が思っているにもかかわらず。とても後悔している。

私たちがすべきは、もっと階級を超えた解決策を探り出そうとすることだろう。私も文章を書く仕事をする一人として、それを考えていきたい。

<参考文献>

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今回も、読んでくださってありがとうございました。

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bonyari.scope@gmail.com

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