“普通”じゃなくても、我らゲームの世界で(1)

学校に行かない子どもと、全盲のeスポーツプレイヤーと。
有馬ゆえ 2024.10.11
誰でも
ビッグサイトの手塚キャラに挨拶。photo:yue arima

ビッグサイトの手塚キャラに挨拶。photo:yue arima

 こんにちは。ライターの有馬ゆえです。

 今年キンモクセイの開花を友人と喜び合い、枯れ葉の中をいいにおいだと言い合いながら子どもと街を歩き、幸せな秋です。カツラの枯れ葉は紅茶のにおいがすると、子どもが教えてくれました。甘~いキャラメルみたい香りがするので、皆さんも街路樹をくんくんしてみてください。秋の気持ちいい気候を、一日でも長く味わいたいなあ。

 それでは今回は、ゲームの世界で遊ぶことについて。

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 去年の9月のことだった。学校に行かない子どもとどう過ごすかを模索していた時期、夫に誘われ、東京ビッグサイトで開催されている「国際福祉機器展」に行くことになった。

 国際福祉機器展とは、国内外の福祉機器を集めたアジア最大規模の国際展示会だ。そもそも暇を持て余していたし、当時8歳だった我が子は小さな頃から人助けや手話などに興味を持つ人だったから、面白いかもしれない、という気持ちだった。私たち夫婦には、子どもに世界は広いことを伝えたいという共通の思いもあった。

 会場に着くと、取材のためにやってきた夫と別れ、私と子どもは地図を片手に会場をぶらつきはじめた。ほどなくして気づいたのは、だだっぴろいビッグサイトのフロアに、普段は目にしない数の障害者の人たちがいることだ。

 初めに目に飛び込んできたのは、自在に移動する車椅子ユーザーの人たち。車椅子の背面のポケットに荷物を詰め、複数のフックに手提げやビニール袋を下げ、取り出しやすい位置にペットボトルをセッティングしている。ぬいぐるみチャームをつけたり、派手な電光掲示板をつけたりする人までいた。

 義足や義手、義眼をつけた人。盲導犬を連れた人。白杖をつく人。補聴器をつけている人。病気があるらしいお子さんを折り目をつけた担架のような大きな車椅子に乗せている人。後で夫に聞いた話では、こうした展示に情報収集にやってくる当事者の人は少なくないのだそうだ。

 会場にはほかにも、福祉関係の仕事をしていそうな人や、福祉系の勉強をしているらしき学生さんたちが歩いていて、半分物見遊山でやってきた手前、少し申し訳ない気持ちになる。だがすぐに、初めての展示会場にわくわくしている子どもが目に入り、これは我々にとって社会科見学なのである、と気持ちを切り替えた。

 盲導犬や介助犬といったほじょ犬のデモンストレーションを見たり、足の不自由な人が運転できる手動運転補助装置のついた乗用車の運転席に座らせてもらったり、縦3メートルはあろうかという大きな液晶画面を使って東京の街を車椅子で疾走するレースゲームをしたり、ボッチャをしたり、車椅子ラグビーに使う車椅子に試乗したり、義足体験をしたり。

 そんな非日常的な体験をする中で、子どもがもっとも夢中になったのはePARAという企業が主催するバリアフリーeスポーツ体験会だった。ePARAは、eスポーツを通じて障害者が自分らしく、やりがいをもって社会参加する支援をしている企業。バリアフリーeスポーツの普及だけでなく、障害のある人の就労支援、社会実証や研究開発支援事業も行っている。

 ePARAが提唱しているバリアフリーeスポーツとは、「年齢・性別・時間・場所・障害の有無を問わず参加できる環境の下で行われるeスポーツ」のこと。我が子がハマッてしまったのは、視覚障害のあるeスポーツプレイヤーと格闘対戦ゲーム「ストリートファイター6」で戦う「心眼ゾーン」だ。

 では、なぜそんなことができるのか。格闘ゲームは従来、キャラクターの動きや体力ゲージを目で確認しながらプレイするものだが、視覚障害のある人にはそれができない。そこで、ストリートファイター6では、ePARAによる協力のもと、視覚情報を用いずに対戦するための「サウンドアクセシビリティ」を搭載。対戦相手との位置関係や距離によって音が変化するサウンドエフェクトなどが追加され、聴覚情報だけでのプレイがしやすくなったのだ。

 最初に子どもが勝負を挑んだのは、ePARA社員で、ePARAのeスポーツチーム「Blind Fortia」にも所属する江頭実里さんだ。彼女は生まれつき左目が見えず、わずかに見えていた右目の視力も18歳で失ってしまったという後天性全盲。子どもの時からゲームをプレイしてきたが、2023年にePARAに入社して本格的に格闘ゲームを始めたそうだ。一方の我が子は、生まれたときから視力を使って生きてきたゲーム初心者の8歳児。しかも、初めてのプレイステーションに、初めてのストリートファイターである。

 心眼ゾーンには、会議室によくある長細い長方形の机が壁に向かって配置され、その上にデスクトップモニター、そしてプレイステーション5が置かれていた。白杖をついた実里さんがスタッフの人の歩行介助を受けながらやってきて、左側のパイプ椅子に座り、手助けを受けながら言葉少なにキャラクター設定を始める。

 子どもが「どうぞ」と右側のパイプ椅子を勧められた。視覚障害のある人とコミュニケーションを取る緊張感にややテンパりながら、子どもを座らせる。

 言われるがままに、コントローラーを手にする我が子。その使い方を実里さんが教えてくれたのだが、これがなかなかうまくいかない。8歳児は物事をわかりやすく伝えるスキルがまだ乏しく、ジェスチャーと指示語に頼って会話をしがちで、なおかつ大人の言葉を理解する能力も低い。アルファベットも知らないので、「Rボタンは……」といった説明すら伝わらないのだ。

 なんとかそれをフォローしようとしたが、私は私でうまく話すことができない。さらに「あっちじゃなくて右とか左って言ってあげて」などと、無意識に視覚障害のある実里さんを下に見るような言い方までしてしまい、自分の傲慢に冷や汗をかいたりもした。

 スタッフの方にサポートをしてもらい、アイマスクをつけた子どもと実里さんの対戦が始まった。私には聞こえないが、二人のつけているヘッドホンには相手の位置を推測するためのさまざまな聴覚情報が流れているらしかった。

 対戦は1回につき最大3ラウンドで、2ラウンド先取した方が勝ちというルール。子どもの選んだキャラクターは、チャイナドレス風の衣装を着た女性格闘家「チュンリー」。対する実里さんは、ダンスを特技とする男性格闘家「ジェイミー」。中学の頃の「ストリートファイター2」で情報が止まっている私は、「ほう、最近はこんなキャラがいるのか」「最近のムービーはこんなすごいのか」と、いちいち感心しながら見学していた。

 戦いが始まると、じっと黙って音の世界に入り込んだ実里さんが華麗な技を次々と繰り出し、あっという間に2ラウンドを先取してしまった。「もう一回」と食い下がる子ども。しかしなかなかかなわない。

 しかし、やはり子どもの完敗か~と思っていたところに、やられっぱなしだった我が子が技を出しはじめた。闘争心に火がついたらしく無言で激しく指を動かし、驚いたことになかなか健闘している。その結果、2試合目は1度だけだが相手をKOさせてしまった。

 「負けた~!」とかわいい笑顔で小さく拍手をしてくれた実里さんに、誇らしげに鼻を膨らませる我が子。もちろん実里さんも手加減してくれたのだろうし、挑戦者側のコントローラーはイージーモードに設定されているようだったけれど、花を持たせてくれたことがありがたかった。そしてその成功体験で子どもは完全に心眼ゾーンにハマり、その日は何度も何度もバリアフリーeスポーツ体験会ゾーンに足を運んだのだった。

 次に対戦したのは、ePARA社員でeスポーツプレイヤー、声優、ナレーターなどをしている北村直也さん。直也さんは生まれつき目の見えない先天性全盲で、サウンドアクセシビリティが搭載される以前から格闘ゲームをはじめとするゲーム全般を楽しんできたという強者だ。

 実里さんがおっとり穏やかな親しみやすさを持っているのに対し、直也さんは社交的で盛り上げ上手。対戦しながら「おっとやられた!」「うまい!」「痛たたたたた!」などとリアクションしてくれるので、大人の男性と接するのに構えてしまいがちな我が子も、実里さんとの対戦とは違う楽しさを味わったらしい。何回か対戦を挑む中で何度かKOを勝ち取り、つい本気を出した直也さんにコテンパンにやられていたのもよかった。

 子どもは実里さんにも、直也さんにも特に何も話しかけることはなかったが、小さな画面のあちら側で楽しそうに飛び跳ねていた。彼ら、彼女らは、狭苦しい現実世界のロールを脱ぎ捨てて、のびのびと躍動しているのかもしれない。パイプ椅子に座り、自分の手には大きすぎるコントローラを夢中で握っている子どもの小さな背中を見ていて、そんなことを感じていた。

(次回に続きます)

<参考文献>

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