モダンなラブとぜいたくなミルク育児(前編)

「モダンラブ・東京~さまざまな愛の形~」第1話と母乳とお金と。ネタバレを含みます。
有馬ゆえ 2022.11.04
誰でも
我が家は母乳実感を愛用していました。photo:yue arima

我が家は母乳実感を愛用していました。photo:yue arima

こんにちは。ライターの有馬ゆえです。

毎朝、お湯を沸かしてポットに入れるようになると、あ~冬がやってくるなと実感します。

さて今回は、Amazon Prime Videoで観た「モダンラブ・東京~さまざまな愛の形」の第一話から、ミルク育児について考えました。内容のネタバレがありますので、これから観るよ~という方はご注意ください!

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気まぐれに、配信が始まったばかりのAmazonオリジナルドラマ「モダンラブ・東京~さまざまな愛の形~」を観はじめたら、第1話のテーマが母乳育児で、わーすごいやったー!と声が出た。

「モダンラブ」は、アメリカで制作されたAmazonのオリジナルドラマだ。「ニューヨーク・タイムズ」誌で約15年連載が続く、読者から寄せられたエピソードをもとにした人気コラム「Modern Love」を原作に、オムニバス形式で現代の愛の形を描く。2019年公開のシーズン1は、深夜に一話30分×8話=4時間ぶっ通しで完走したほど面白かった。

その東京版「モダンラブ・東京~さまざまな愛の形~」の第一話が、母乳育児に悩むひとりの母親を描いた「息子の授乳、そしていくつかの不満」である。

主人公は、水川あさみ演じる真莉。登場シーンでは、窓から東京の街を見下ろせる会議室で、搾乳機をウィンウィン言わせながら英語の資料を読んでいる。搾乳機とは、おっぱいから母乳を絞りとる機械のことだ。絞った母乳は専用のパウチパックに入れて冷凍すれば、3~6カ月は保存できる。

真莉はいま、第二子となる0歳児の男児てっちゃんの授乳中だ。彼女はいわゆる“母乳神話”にとりつかれている。

母乳神話とは、母乳でなければ赤ちゃんを心身ともに健康に育てることはできないという考え方だ。粉ミルク、液体ミルクが母乳に劣るわけではないとわかっている現代においても、この神話は出産の現場や助産師、祖父母世代には根強く残っており、体質的に母乳が出にくい、仕事や病気などで母乳があげられない、子どもが母乳を嫌がるなどの事情をもつ母親が苦しめられることも少なくない。

真莉は、母乳こそが自分の愛情の証だと思い込み、オンでもオフでも母乳育児に頭を占領されている。そして、搾乳機を出張先のシンガポールまで持ち込んで、3時間おきにせっせと母乳を絞り続けるのだ。一滴でも無駄にしまいといった様子で。

物語は、そんな真莉が海外出張でのさまざまなトラブルと、数人の母親たちの言葉によって母乳神話から解き放たれ、粉ミルクという選択肢を許容することで幕を閉じる。ともに許すのは、仕事をしたい自分自身と、粉ミルクで自分を育てる選択をした自分の母親だ。

社会が母親に育児を押しつけ、政治家が「赤ちゃんはパパよりママがいいに決まってる」「育休取ったら3年間抱っこし放題」とか言っていたこの国で、母乳神話からの解放が映像作品の真ん中に据えられるテーマになった。そのことに、胸が熱くなった。

子育て界隈では、母乳だけで授乳する「完母(完全母乳)」、母乳と粉ミルクのどちらも使う「混合」、粉ミルクだけで授乳する「完ミ(完全粉ミルク)」という言葉がある。真莉がこだわるのは「完母」だが、私たち夫婦は「混合」で子どもを育てた。

出産した病院で「粉ミルクを足して健康に育てるメソッド」を学んだこともあるが、私が母乳一筋にならなかったのには、もう一つ大きな要因がある。夫が、完ミの男だったからだ。彼のお母さんは体が小さく、母乳が出にくい体質だった。

むしろ、完ミの夫をもったことで、私は完母育児派閥を敵視していた節がある。

産後すぐ、よく子どもを連れて行った大きな病院の授乳室の壁に貼ってあった、母乳がいかにすばらしいかを説くポスターが忘れられない。隣には、母乳が乳幼児突然死症候群の予防になると書いてあるポスターも貼ってあった。その横には、我が家の完ミの男が座っていた。ウッと喉の奥が詰まり、マグマが噴きだすみたいに怒りがふつふつとこみ上げた。

授乳をしていた時期は、ときおり検索結果にひっかかる厳しく母乳育児を教育する産婦人科(通称“母乳道場”“おっぱい道場”などと呼ばれるらしい)や母乳外来、助産師コミュニティのエピソードを目にして、その宗教っぽさにヒェッと身がすくんだものだ。

母乳育児はすばらしいと私も思う。栄養があるし、授乳時の密着は母子の関係を深めるし、お金もかからない。しかし、過度に神聖視するのは問題だ。

母乳神話の怖さは、ときおり愛情の名の下にものすごい無理と我慢をまばゆいばかりの満面の笑みで強いてくるところにある。

子どもの保護者は、だれしもその成長を願っているだろう。自力で生きることのできない0歳児となれば、数百グラムの体重の増減までもが気にかかる。だから、わらをもすがる思いで盲信してしまう人の気持ちがわかる。完ミの男を夫に持った私でさえ、「母乳の方が賢い子どもになる」「ミルクの子はアレルギーが多くなる」「健康のためには母乳が一番」「目を見て授乳しないと愛情不足になる」といった言葉の数々に、危うく足を取られそうになった瞬間は少なくない。

産院で母乳神話をたたき込まれたママ友は、母乳の出が悪いせいで焦りを募らせ、かえって母乳信仰を深めてしまったという。ミルクは悪だとすり込まれ、自分は悪い母親だと自責の念を抱いていた彼女を思い出すと、今でも胸が痛む。

「モダンラブ・東京」の真莉は、自らの母子関係のこじれから、ミルク育児を肯定できないでいるようだ。

真莉と実母とのやりとりからは、実母が働きに出るために真莉の祖母に真莉を任せざるを得なかったことが推測できる。そんな実母に、真莉はこう言う。

「お母さんが専業主婦だったら1カ月ももたなかっただろうね。子どもも家事も嫌いでしょ?」

真莉のセリフには、子ども時代に十分に愛情を感じさせてくれなかった母親への憎悪がにじんでいる。「私のことを嫌いだったから、粉ミルクでも平気だったんでしょう? 私は子どもを愛しているから母乳で育てるの!」――とでも言いたげなのだ。

実母や義母からの圧で母乳育児にとらわれてしまう人たちがいる一方で、真莉のように自らの生育環境を恨むがゆえに強いこだわりを持ってしまう人もいるのか、とハッとした。

(次回に続きます)

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今回も、読んでくださってありがとうございました。

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