かぎ編みと四十肩(1)

こうして私はかぎ編み狂になった。
有馬ゆえ 2026.01.30
誰でも
photo:yue arima

photo:yue arima

 こんにちは。ライターの有馬ゆえです。

 2026年が始まったと思ったら、もう1月末。寒いですね。今年も地道にがんばりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 2026年の一本目は、昨年から熱中しはじめたかぎ編みについて。かぎ編み、もう本当に大好きです。下記は文中でご紹介しているmikkelさんのYouTube動画。なぜか観てるだけでも癒やされる。ご興味持った方は、ぜひやってみてください。

***

 かぎ編みに夢中だ。かぎ爪のついた編み針で毛糸を編んでいく、あれである。昼夜問わず、日に何度も「あ~かぎ編みしたい」と思っている。中毒に近い。

 例えばある朝。登校する子どもを送り出し、お皿を洗って掃除機をかけ、さて、とパソコンを開き、Gmailの新着メールから朝日新聞の「20年ひきこもる兄妹、父の突然の死 百円玉を握って脱出した施設」という記事――引きこもりの兄妹が父親の死後に行政のすすめで入った施設からNPOの助けで自立したという記事を終わりまで読んだところで、「あーかぎ編みしたい」という気持ちが降ってきた。デスクに座って10分も経っていない。

 乱雑に積まれた毛糸に目をやる。あ~あのふわふわに触りたい。決まった動きで手を動かしたい。いやいや、仕事があるので、まだできない。でもやっぱりちょっとだけ、と手を伸ばしたくなったとき、1万字に及ぶ重い原稿へのプレッシャーを呼び起こす。お前はまだ、そういうことのできる身分ではない。右の二の腕の外側が、ピリッと痛んだ。

 かぎ編みを始めたのは、去年の11月だった。ある日の21時半、突然、荒波のような衝動に体がのっとられた。

 我慢できない。やりたい、どうしても今やらねばならん。

 幸い自宅には、いくつかの毛糸とかぎ針があった。かぎ針は、夫が昔買って放置していたディアゴスティーニのかぎ編みシリーズ1号目の付録であった。手芸メーカーのクロバーのウェブサイトに、レシピや基礎テクニックの解説が掲載されているのも知っていた。

 ごそごそと道具を取り出してソファに沈み込み、前屈みになってスマホで「クロバー かぎ編み テクニック」と検索する。まずは基礎テクニックを解説するイラストや短い動画を観ながら、不器用に毛糸を持ち、編み針を動かしてみる。

 だがうまくいかない。まったくうまくいかない。右利きの場合、右手で編み針、左手で毛糸と編み地を持って編むのだが、そもそもその「持つ」が難しい。特に左手だ。小指と薬指の側面をくっつけ、中指と親指の指先だけをくっつけ、人差し指だけ立ててぴんと反らす、という形になるのだが、こんな形で左手をキープしたことがない。一番難しいのが、小指と薬指の側面の接点に力を入れて毛糸を固定することだ。小学生の時、ピアノの練習をサボらず、左手の神経をもっと育てておけば良かった。

 編んで、わからなくなって、ほどいてやり直して、を繰り返していると、だんだん嫌気がさしていた。スタート地点にも立てないまま、ソファの上には、ほどききれない毛糸がくちゃくちゃ絡まっただけのものや、毛虫のようなもじゃっとした物体が量産されていた。今度はYouTubeで「初心者向け」と書かれた動画を探すことにした。手応えはほぼなかったが、まだ引き下がりたくなかった。

 「初心者向け」とは名ばかりの動画を次から次へと渡り歩き、ゆっくりと編んでいる手元をアップで写している超初心者向け動画にたどり着いたときの感動が忘れられない。

 これまで私は何度かかぎ編みにチャレンジし、そのたびに挫折してきた。かぎ編みの教本に載っている写真、イラストを使った手順解説は当然ながら静止画なので、手順(1)と手順(2)のあいだがどうつながるかがわからない。わからないまま手順(3)、手順(4)と進まなければならない。やがて混乱して、投げ出す。その繰り返しだった。

 それに比べて動画はすごい。自分の手元と動画の手元を見比べながら一つひとつの手順を確実に進められるし、分からないところは一時停止したり、戻ったりして確認できる。再生速度を変えてペースを合わせて編むこともできる。最高だ。

 動画の時代やば!とテンションが上がり、俄然やる気がみなぎった。電子教科書の取材をしたときに、「書写で、お手本の書く手順や筆遣いを繰り返し観られるのが好評なんですよ」と聞いたが、その学習効果の高さが心底わかった気がした。4年越しである。

 ソファーサイドの灯りの下、没頭して編み針を動かし続け、私の手元では小さな円ができあがりつつあった。「mikkelの手芸教室」というYouTubeチャンネルの「【超初心者さん向け】基本の円の編み方をゆっくり解説【かぎ針編み】」という動画ををめっちゃくちゃに巻き戻して、なんとかここまで来たのだった。

 気づけば深夜2時になっていた。夜更かしして仕事をする夫も、「寝るね~」と手を振って寝室へ行ってしまっていた。

 編み上がった手のひらほどの円は、編み目の大きさがガタガタと揃わず、見た目はひどいものだった。編み飛ばした目が合って穴が空いていたり、編み目の数を数え間違っているところがあったりしたと思う。それでも形になればうれしく、これまで失敗してきた分だけ達成感は大きかった。二度目はもう少しうまくできるという予感もあった。

 わー、私はかぎ編みをする人になった!

 深夜のリビングで晴れ晴れした気分で道具を片付け、うーんと体を伸ばして、寝る支度を始める。子どもを起こさないように、そっと布団に潜り込む。体はすっかり冷えていたが、体中がきらめく喜びに満ちあふれていた。楽しかった! 明日も明後日も、まだまだ編みたい! わくわく心踊らせながら眠りにつく私は、2カ月後、自分の体がどうなってしまうかなんて、知るよしもなかった。

(次回へ続きます)

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