かぎ編みと四十肩(2)

生きる力を得たり、1700年前の人間と接続されたり、四十肩になったり。
有馬ゆえ 2026.02.06
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左は「グラニースクエア」というパターンを応用して作った巾着のポシェット。「グラニースクエア」とはおばあちゃんの四角形という意味なんですって。かわいすぎやしませんか?photo:yue arima

左は「グラニースクエア」というパターンを応用して作った巾着のポシェット。「グラニースクエア」とはおばあちゃんの四角形という意味なんですって。かわいすぎやしませんか?photo:yue arima

 こんにちは。ライターの有馬ゆえです。

 外を歩くと梅の花が香る季節になり、そんな中、子どもと衆院選の期日前投票に行ってきました。投票には子連れで行くと決めているのですが、子ども曰く、最近の小学生は、クラスで友達と「うちの親は誰に投票した」などという話をするらしい。政治や選挙を意識せずぼんやりした子ども時代を過ごした私は、それらを幼い頃から肌で感じている子どもたちがちょっとうらやましいのでした。戦争に加担することのない国になるよう祈っています。

 さて今回は、前回の続きです。未読の方は(1)からどうぞご覧ください。

***

 それからというもの、私は円の形を毎晩毎晩編んだ。仕事をサボって昼間にも編んだ。ポッドキャストなどを聞きながら、もくもくと編むのが楽しくて、始めると3時間はあっという間にすぎた。

 YouTubeにはいろいろな編み手がいた。動画の投稿者は女性が多いが、とはいえ年齢層も属性も飽き見物に対するスタンスもさまざまだった。趣味でゆるく編み物をしている人、編み物が生きがいだという人、欠かせない息抜きだという人、副業的にメルカリやminne、BASEで作品を販売している人、手芸メーカー、手芸協会の人、手芸教室の先生、編み物作家さん、既製品のニットを編むプロのニッター、かぎ編みという素材で「回す」ための動画を作ろうしている人、「不器用だし自分用に作っているので特別上手ではないけれど、かぎ編みが好きなので、つまずきやすいポイントやわかりにくい部分を詳しく教えたい人」もいた。

 超初心者向け動画には、「今まで観た中で一番わかりやすくて初めて最後まで編めました!」「これまで挫折してきましたが、63年目にして初めてかぎ編みができました」といったコメントが数多くついていた。老いも若きも、私のような今まで挫折を繰り返してスタートラインに立つこともできなかった人たち、それでもかぎ編みに憧れる人たちが、たくさんいることにも気づかされた。

 そうした動画は何十万回再生もされていて、きっとこれを観ながら多くのかぎ編みビギナーたちがせっせと手元を動かし、繰り返し同じ作品を作ってきたんだな、と胸が熱くなった。その人たちの存在は、編み針を入れる箇所を間違えたり、手順がわからなくなったりした時の私を励ましてくれるのだ。

 以前の私にとって、手芸メーカーのサイトや手芸の本は、プロであり先生だった。私は、その人たちが作った入門編のコンテンツさえ理解できない駄目な生徒だった。だから、YouTubeのかぎ編み動画が示してくれる、かぎ編みを楽しむ先輩やたくさんの仲間の存在は、その多様さだけで意味があった。下手でもいいし、ちょっとだけかじるのでもいいし、やり直してもいいのだ、と当たり前のことに気づいた。

 人の数だけ人生の形があることを知っていても、それが幸福のすべてではないと分かっていても、目の前の生活に集中していると、つい能力主義に取り込まれ、数字や出来不出来で自分を判定したくなる。異なる人生の中で、さまざまな形でかぎ編みが存在しているという多様さは、私を縛る思い込みの鎖をほどき、癒やしてくれるような気すらした。

 初めて円を完成させた翌日から、私は毎日、憧れのmikkelパイセンの指先を見つめ、1つ、また1つと円を完成させた。最初は1日1つも編めなかったが、だんだんと、中心にベースとなる小さな円を作り、その周囲に一段、二段と層を重ねるように編んでいく工程が体に入っていった。

 円を10個も作れば、だんだんと毛糸と編み棒をうまく持つことができるようになり、別のものが作りたくなった。YouTubeの関連動画を物色して見つけたのが、丸い形のヘアゴムにひらひらしたフリルを編みつけていく、かわいいシュシュだ。いろいろな色を合わせて編みたくなり、セリアやダイソーの毛糸棚で、ふわふわしたきれいな色の大きな繭のような物体を両手に持ち、ああでもない、こうでもないと組み合わせに悩む。シュシュ量産のあとが、関連動画が紹介してきた小さな巾着袋。巾着袋は、まず底になる部分を作り、その外周にぐるぐると一段ずつ側面を編み上げる。

 単純作業でチルアウト、の先に、時折さまざまな発見があった。

 この頃になると、かぎ編みの構造がわかるようになり、俄然面白さが増した。一本の毛糸が編み上がって平面になり、立体として立ち上がっていく様子にひどく興奮した。店頭の手編みエコたわしがどんな編み方でできているか解析したり、誰かの作品がどう編まれているのか想像したりするのが楽しくなった。円を編む時の編み目の数が3.14の倍数に近いと気づいたり、三角形や四角形のモチーフを複数組み合わせて作品をつくるテクニックを知ったりしたときは「かぎ編みは数学でもある!」という感動があった。

 円やシュシュはもちろん、綿の毛糸の鍋敷き、大きなかご、「グラニースクエア」という伝統的なモチーフ編みの巾着、ハンドウォーマー。毎日2~3時間、夜な夜な何かを編む行為に没頭した。集中しすぎるので呼吸を忘れ、ひどい頭痛に襲われることもあった。やめられなかった。時にはもう良いだろうと思っても、手が止まらないほど。

 1つ作り上げるたび、生きる力が付いたと感じた。脳内では、人類の歴史と接続されてもいた。現代と同じような編み物は少なくとも3世紀のシリアにはあったというから、人間は1700年以上前からこうやって生活に必要な物を作ってきたのだ。すごすぎる、手芸は人類の生きる力だ、と大げさに感激するのだった。

 しかし、私とかぎ編みの短い密月は、突然に幕を閉じることになる。

 12月のある日、右腕をひどい痛みが襲い、通っている整体に駆け込むと、施術を終えた先生が「右手がこの形で固まってるんです」と自分の手を差し出した。先生の手は、かぎ編み針を持つ格好をしていた。それでもだましだましかぎ編みを続けていたら、先日ついに同じ先生に「四十肩です」と言われた。夫は「あなたの肩は一つしかないよ。ほどほどに」と優しく言った。一時は両肩で四十肩の苦しみを駆け抜けてきた男の言葉は、説得力がある。

 そんなわけで、今の私は泣く泣くかぎ編みを休んでいる。本当は、毎日編みたくて仕方がない。役に立たない布きれを生産したい。別の色のハンドウォーマーも作りたかったのに。ティッシュ箱のケースも作りかけなのに。

 仕方がないので、寝る前には目をつむってかぎ編みをする。テトリスにハマっている人が脳内でテトリスをするように、脳内で毛糸を編むのだ。その行為によって体中が何かを作り上げるきらめきでは満たされることはないが、右肩はゆっくりと回復しているような気がする。

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