元カレの結婚

恋人と別れたからって、その人と幸せになりたくなかったわけじゃない。
有馬ゆえ 2021.12.10
読者限定
ph:yue arima

ph:yue arima

こんにちは。

おひさしぶりです。プライベートなことで少々お休みをいただいていました。

この冬は、イチゴの苗を買って育てています。放置気味にぼんやり付き合っていれば生きていてくれる強めの観葉植物と違い、半年後に実を取って食べるという楽しみがある分、ベランダを見るたびに枯らさずにいられるか……とうっすらプレッシャーを感じる日々です。できるだけ楽しみたい。

さて今回は、佐賀新聞Fit ecruでの連載記事から「元カレの結婚」(2016年6月掲載)の加筆修正版をお送りします。

***

まるで、改めて失恋したみたい気分です――。

なじみのネイリストさんが作業の手を止めることなく言って、力なく笑った。ふやけたジェルネイルが、爪からホロリホロリと削り取られていく。35歳になったばかりの初夏。私は月一のメンテナンスでネイルサロンに来ていた。席に着くなり彼女が議題に挙げたのは「元カレの結婚」だった。

同い年の独身女ということもあって意気投合した私たちは、いつしか施術中に互いの恋愛ネタを持ち寄るのがお決まりになっていた。彼女との付き合いも、もう5年。彼女の元カレのことは、交際中のあれやこれやから破局後のエピソードに至るまで話を聞きすぎて、下手な友人よりも詳しくなっていた。

「突然、結婚したって電話がきたんです。今の彼女と籍を入れたって。2カ月しか付き合ってないのに――彼って、たった数カ月で理解することなんかできない厄介な男なんです。うまくいかない気がするんですよね。そもそも、結婚したいなんて、彼の口から一度も聞いたことないし」

指先に巻きつけられるアルミホイルが、いつもよりも大きく音を立てる。

彼女が元カレと付き合っていたのは、28歳から32歳までの約3年間。彼女から別れを告げるかたちで2人は恋人関係をやめ、それから3年ほどは、共通の友人たちと集まることがあっても、彼への未練を感じることは一切なかったという。

それなのに、彼女は自分の中に湧き上がった意外で複雑な感情に苛まれている。いわく――結婚話を聞いた瞬間、あまりに衝撃を受けて何を話したかも記憶になく、その日は悶々として眠ることもできなかったうえ、1週間が経過するというのにショックを引きずっているそうなのだ。

「いまだに彼の結婚を受け入れられないんです。現実だと思いたくない。自分でも、まだ私は彼のことを好きなのかと疑いたくなりました。でも、あんな大変な人と結婚するなんて絶対に嫌。それなのに、なぜかめちゃくちゃショックを受けていて、そんな自分にもショックで……。彼だけが幸せになるなんて許せない。なぜか、自分だけが真っ暗闇に取り残されたような気分です」

口調とはうらはらに淡々とベースジェルを施しながら、「身近な友人には言えない、こんな気持ち」と彼女は続けた。実はまだ好きなのか、未練があるのかなんて絶対に思われたくないから、友人たちの前では平静を装って、祝福する元カノを演じているらしい。

この記事は無料で続きを読めます

続きは、576文字あります。

すでに登録された方はこちら