エシカルおばさんのラン活(2)

アンチ・ランドセルの私と子どものラン活。
有馬ゆえ 2023.03.24
誰でも
小1直前の私。顔は笑っていない。photo:yue arima

小1直前の私。顔は笑っていない。photo:yue arima

こんにちは。ライターの有馬ゆえです。雨まじりの日々、皆さんいかがお過ごしですか?

昨日、東京都美術館で開催されているエゴン・シーレ展に、駆け込みで行ってきました。

雨の東京都美術館。photo:yue arima

雨の東京都美術館。photo:yue arima

20代の頃からシーレが好きで画集も持っていますが、実物にはプリントとはまったく異なる凄みがあって圧倒されました。有名な『抒情詩人』なんて、全然好きじゃなかったのに視界に入った瞬間、目が釘付けに。体が引き寄せられ、ぐんぐん涙がこみあげてきて、最後にはダーッと泣いてしまい動揺しました。シーレの自画像と裸婦のシリーズには、若き日の自分が共鳴するような切ない気持ちがこみあげます。今回展示されていなかった作品も観てみたいなあ。

真ん中が「抒情詩人」。ポストカード売り場って一人ひとり好きな作品が違うんだなあと感じられて好きです。photo:yue arima

真ん中が「抒情詩人」。ポストカード売り場って一人ひとり好きな作品が違うんだなあと感じられて好きです。photo:yue arima

さて今回は、前回に引き続き「ラン活」の話です。アンチ・ランドセルになった母親が選んだ通学かばんについて。

***

実際にランドセルを見に行くようになり、あらためてランドセルはそれ自体が硬く、重いということがわかってきた。3月まで400g足らずのナイロンリュックに着替えを入れて登園していた小さな体に、月が変わったから、と1100~1400gのランドセルを背負わせることになるのだ。

近年、小学生が日々持ち歩く荷物が増えているということもわかってきた。

まず、水分補給用の水筒だ。我が子の通う学校では、もともと夏場に持ってきたい人が持ってきていいですよ、という決まりだったらしいが、コロナ禍で水道水を飲むことが禁じられ、水筒を持たせるようになった学校も多いという。小1の子どもをもつ知人からは、学童に行く子の場合、夏場は750mlの水筒でも足りないことがあると聞いて驚いた。

もう一つは、GIGAスクール構想により配布されたタブレット端末だ。なかには、宿題がタブレット端末に配信されるので、毎日持ち帰らなくてはならない子どもたちもいるという。

さらに、月曜日、金曜日は体操着や上履き(学童用を含めて2足になることも)、ときには給食着も荷物に加わる。そのため、小学1~3年生を対象としたある調査では、小学生は重いときで4.28kgの荷物を持ち歩いているという結果が出ている。同調査では、回答者の9割がランドセルを重いと思っていて、3.5人に1人は体の痛みを訴えたことがあるそうだ。

胸にイガイガした気持ちが渦巻きはじめる。

そもそも、なぜ私たちは6歳から12歳までの6年間、同じかばんを子どもに背負わせなくてはいけないのだろうか。文部科学省「令和2年度学校保健統計調査」によれば、小1の平均身長・体重は117.5cm、22kg、小6は146.6cm、40.4kgと、体つきが大きく異なる。

何より、保育園児に毛が生えたぐらいのかわいい1年生と、思春期真っ盛りの6年生では、精神的な成熟度合いがまったく違う。成長すれば好みも変わるだろうし、たとえ6歳の時に自分で選んだかばんでも、6年ものあいだ愛用し続けることは難しいのではないか。ましてや、「あなたが選んだんだから」と同じものを押しつけ続けるのは、子どもをあまりに尊重していないのではないか。

だいたい――と、思い当たる。私はかつて、毎日持ち歩いているランドセルが嫌いだったではないか。ダサいなと思っていたし、赤い色も気に入らなければ、ゴツゴツ硬くて重くて痛いのも不満だった。たぶん「みんな一緒」も苦しかったのだ。そろいの体操着が嫌なら、学校の決まりも嫌だった。

何かに無理矢理、肩を押さえつけられるようなあの頃の感覚がよみがえり、今、自分が感じている圧の正体が明らかになっていく。脳裏に、何者かの声が響きわたる。

わかりますね? 公教育を受けるのですから、規律に従いなさい。何も考えずにみんなと同じランドセルを買えばいいのです。江戸の昔から、兵士たちが背負って戦地に赴いたランセルというオランダのかばんに由来があるのですよ? それが明治時代、伊藤博文が後の大正天皇に小学校入学のお祝いとしてお渡しした通学かばんにつながり、以来、ランドセルは日本で教育を受ける子どもが持つかばんの規範なのです。そう、ランドセルは日本国民の誉れなのですよ。わかりましたね?

と、そこに、バーンとドアを開けて登場したのがエシカルおばさんだった。おばさんは叫んだ。

「あんた! ボーッとランドセル買おうとしてるけど、それほんとに子どもの心身の健やかな成長を願う人がすること!? 革製品が好きで大切にしたい人ならまだしも、革の価値も分からない6歳児に毎年毎年重たいランドセルを強要するなんて異常な習慣だと思わないの? 慣習に則って大量の革製品を消費するこの文化をどう思ってんの!? 『ランドセル、色のバリエーションが増えてきたよね~』とか上っ面の多様性にだまされて、疑うことなくみんな一緒の通学かばんを持つとか、本当にそれがいいの? それって、あなたは本当に人として正しいことだと、お思いなんですか!?」

ガガーン! それは、自分の心の声だった。

情報に混乱し、焦りを募らせる中で、過去に感じた苦しさと子どもへの愛情、行き場のない正義感がないまぜになり、私はランドセルを拒否したのだ。一番驚く自分。

大海原をゆく船は、思いもしない航路をたどることになる。

「うちは池田鞄の革のランドセルを購入したものの、荷物を入れたらあまりに重くてかわいそうで……」

そう前置きをしながら始まったばかりの「NuLAND〈ニューランド〉」という小さなメーカーを教えてくれたのは、友人のおしゃママだった。

InstagramのDMで送られたきたURLのサムネイルを見ているだけで、きちんとおしゃれであることがわかる。その雰囲気に敷居の高さを感じつつ、ウェブサイトを開いてうなった。機能や見た目に対するこだわりが絶妙だったからである。

NuLANDオフィシャルサイトより

NuLANDオフィシャルサイトより

まず軽い。2021年当時、一般的なランドセルの重さは平均1300gほどだったが、NuLANDは約896gを謳っていた。見た目はランドセルを模したリュック。素材は古着や工場の生産時に出た端切れなどを原料とするリサイクルポリエステルで、軽いだけでなく背中に当たる面や肩ベルトも柔らかそうだ。ランドセルの厚みを調節でき、普通なら手荷物になる体操着や上履きを背負って持ち歩けるというアイデアも、一般的なリュックサックよりもしっかり作られていて3万3000円という価格もありがたい。半分ミーハー心、半分正義感でサステナブルな選択をしたい!という欲求もくすぐられた。

私の心はつかまれていた。京都の一部でご当地通学かばんになっているという「ランリック」(300g、1万円台)、登山リュックのテクノロジーを応用してつくられた「エルゴランセル」(1090g、5万円台)などの類似商品と比較しても、NuLANDは魅力的に映った。

私がランドセル型リュックに惹かれたのは、たぶんそれがギリギリの親のエゴ、という気がしたからだ。

実は、子どもの通う小学校には「通学かばんはランドセル」という決まりはない。もちろんそう定める法律もなく、どうやら多くの公立小学校ではなんとなく慣習に従ってランドセルで通学しているだけのようなのだ。

だれかの犠牲が払われるような悪しき慣習は変えられるべきだ、と考えている。ただ私は、ランドセルの代わりにいわゆるリュックサックを選ぶこともできなかった。自分のものでなく子どものものだからラディカルすぎる選択肢はどうか、と躊躇するのは、子どもの生きる社会でいまだ同調圧力が強いことを知っているせいだ。ましてや何かと繊細な我が子が、学年でおそらく一人きりの非ランドセル民として生きていけるとは思えなかった。

夫が「いいじゃん」と賛同してくれたのに背中を押され、9月のある夜、私は娘にウェブサイトを見せながらNuLANDをプレゼンした。色はアイスブルー亡き今、第一希望になっていた黒。「うん、それにする」とあっさりした返事をする娘。

その夜、私はついに注文ボタンを押した。「娘よ、思想を押しつけてごめん」と、どこかでうしろめたさを感じながら。

エシカルおばさんのすすめたランドセルで、子どもには案の定、ちょっとした苦労をかけた。

周囲のママさんたちには「軽くて柔らかくていい」「たくさん入りそうでいい」と好評だったが、子どもの世界はそうはいかない。娘のかばんがみんなと違うことをめざとく発見した同級生にからかわれたり、学童で一緒の上級生に「まだランドセル買ってないの?」と尋ねられたりして、娘は複雑な思いをしたのである。

5月ぐらいには「みんなのと同じランドセルを背負ってみたい」と言いだし、同じ保育園から進学したクラスメイトの家にランドセルを背負わせてもらいに行ったこともある。娘は土屋鞄の黒い革のランドセルを背負って「これもいいな~」とつぶやいていたが、実際に背負ったことで気が済んだらしく、ほっとした。きっと気持ちに折り合いをつけてくれたのだろう。

最後の一押しになったのは、意外にも、リサイクルポリエステルという素材だった。話の流れでNuLANDの素材の話をしていたときに、「えっ、私のランドセルってリサイクル素材なの!?」とうれしそうな顔をしたのだ。学校で環境問題に関する授業でも受けたのだろうか。その後も何度か「私のランドセルってリサイクル素材なんだよね~」と話していたので、彼女にとっては「環境に配慮していること=誉れ」だったらしい。なんとも今っぽい感覚で驚く。小学校で配られる子ども向け環境情報紙『エコチル』にNuLANDの広告を発見したときも、誇らしげにしていた。

今、ランドセル型リュック市場は熱を帯びているようだ。2023年、2024年入学の子どもたち向けに新商品が発売されるようになり、「1kg切り(軽量)」「多様性」「サステナブル」をランドセルの新潮流として取り上げる記事を見る。

老舗登山メーカーのモンベルが開発した安心かつ低価格の「わんパック」をリリースしたかと思えば、かばんメーカーである豊岡鞄の「UMI」、老舗ベビー・子供服メーカーであるファミリアの「エアラン」、ニトリやイオンまでランドセルの商品を出している。充実した品揃えでうらやましい限りだ。

ブームで終わってほしくない、バズで終わってほしくない、と、ブームもバズも起きていないうちから不安になる。同時に、いや、と打ち消す。この熱狂が、通学かばんの選択肢を増やしてくれたらいいのだ。もしかしたら、すでに軽いリュック型の通学かばんが広がっているという京都、北海道、長野、岐阜、埼玉、茨城などの地域に続く自治体が出てくるかもしれない。今はランドセルがメジャーな学校で非ランドセル民が増えれば、「同じ学校に自分と似たかばんを持っている子がいる」と次世代のマイノリティたちを励ますことになるはずだ。

<参考文献>

ランドセルの歴史(「ランドセルくらぶ」日本鞄協会 ランドセル工業会)

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