エシカルおばさんのラン活(1)

2021年、コロナ禍で経験したラン活の記録。想像以上に厳しい旅路でありました。
有馬ゆえ 2023.03.17
誰でも
photo:yue arima

photo:yue arima

こんにちは。ライターの有馬ゆえです。

冬が終わった~! あったかくてやる気出る~! 前のおうちのハクモクレンが咲き、近所のマンションの枯れた紫陽花の枝に若葉が顔を出し、公園の桜の花もちらほらと。春の気配に気持ちが上がります。子どもも先日、校庭でちょうちょが飛んでいて春だなって思ったそうです。わーい。

そんなわけで、進学・進級の季節に、4月から2年生になる我が子のラン活について振り返りました。思わぬところで思わぬ自我が噴出し、その旅路は困難を極めたのでありました。

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「ラン活」という単語を初めて目にしたのは、産後に教育系メディアで記事を書き始めたときだった。

新着記事一覧に並ぶサムネイル画像を見て、すばやく察知した。ラン活とは、子どものランドセルを選ぶ活動のことなのだ! 1歳半の子どもを保育園に預けはじめたばかりだった私は、「保育園入所に活動が必要なら(通称「保活」)、ランドセル購入にも活動が必要なのか!」と恐れおののいた。短い母歴のなかで、子育て界隈で「活動」と名付けられたものには困難や面倒くささがつきものなのだとわかっていたからだ。

メーカーごとにいくつもいくつも記事が並んでいるのを見て、ラン活市場の熱狂度合いを思う。これだけの量の記事が公開されるということは、それだけ読む人がいるということだ。瞬時に、子どもの小学校入学を前にした保護者(おそらく多くは母親)たちが血眼になってランドセル選びをしている姿が目に浮かんだ。

ネットで検索してみると、ラン活は子育て媒体で春の定番トピックになっていた。その道のプロみたいなブロガーも何人かいて、彼女たち(そのほとんどは母親なのだ)は、自身のラン活をきっかけにランドセル沼にハマり、市場をウォッチし続けているようだった。ラン活企画を担当したことのあるライターさんに聞くと、毎年当事者が入れ替わるラン活には専門家らしい専門家はおらず、下手な識者を連れてくるよりもラン活ブロガーのほうがよっぽど市場を把握していたりするらしい。

ランドセル選びはスペックや機能、価格だけでなく、子どもの体に合うかどうかが大切なのだという。だから保護者たちはたくさんの資料を取り寄せ、メーカーの合同展示会やランドセルフェアなどに足を運び、比較検討してこれぞというひとつを購入しようとするのだな。なるほど。

どうやら、ラン活の熱狂の根本には「ランドセルは6年間使うもの」という価値観があるようだった。その裏にあるのは「失敗できない」というプレッシャーだ。完璧なランドセル選びをするため、保護者たちは並々ならぬ執念を燃やすのである。

重みに耐えられず、ブラウザを閉じる。そして私もこれをやるのか、と頭を抱えた。

いや、いつかそのときが来たら、多少の難はあっても子どもの気に入ったランドセルをパキッと買って、サクッと終わらせよう。できるだけ安価なラインで済ませ、4年生ぐらいになって気に入らなくなったら普通のリュックにでも買い換えればいい。楽しく小学校生活のスタートが切れるように、気持ちが盛り上がるものを。そんなふうに考えていた。

数年後、私はめでたくラン活ママになった。

子どもが年長に進級した4月、私はまだ「やれやれ、始まっちゃうな」などと余裕しゃくしゃくでいた。過去にラン活記事で「ランドセルは祖父母に買ってもらう人が多く、第一のピークはゴールデンウィーク」(ちなみに、第二のピークは祖父母のもとへ遊びに行く夏休み)と読んではいた。ただ、その前の年はコロナ禍の三密回避でラン活のスタートが遅れていたと知っていたので「大丈夫っしょ」と高をくくっていたのだ。もちろん、気が重くて先延ばしにしたいという気持ちもあった。

しかしゴールデンウィーク開け、子どもに自分はランドセルをいつ買うのかと急かされ、動かざるを得なくなる。セオリー通り、ゴールデンウィークにランドセルを予約したクラスメイトが数人いて、自分もランドセル何色にしたかトークに参加したいと思ったらしい。

あわててInstagramを探索し、子どもの好みに合いそうなgriroseというメーカーを見つけ出し、カタログ請求をしたのが5月9日。数日後、カタログを見つめる子どもが目を輝かせたのは、きれいな水色のランドセルだった。我が子は、エルサ経由で水色にとりつかれた今どき女児なのである。

griroseオフィシャルサイトより

griroseオフィシャルサイトより

落ち着いたロマンチックなデザインと、安っぽくない水色がすてきである。人工皮革なので手入れも楽だし、サステナビリティの観点からも悪くない。親としては、すぐ汚れ、また汚れが落ちにくい刺繍や、すぐにメッキがはがれそうな飾りがないのもいい。革かばんメーカー・土屋鞄のセカンドラインなので、老舗の知見が詰まっていそうなところにも心惹かれた。

さらに、つたなく写真の下のカラー名を読み、子どもが叫ぶ。

「ア、イ、ス、ブ、ルー。えっ、これアイスブルーって名前なの? アイスでブルーなんて最高じゃん! アイスブルーにする!」

食べることが好きで食べ物の絵本ばかり読み、食べ物の絵ばかり描いている子どもは、アイスクリームの名を冠していることが気に入ったらしい。いいじゃんいいじゃんと言い合い、断然気分が盛り上がる。

よしよし、決まりだね! と、ここで思い切って購入ボタンを押せばよかった。価格の高さにビビって「体に合わなくて登校がきつくなったらどうしよう」と念のため試着をさせたくなったのが裏目に出た。

感染対策で店舗での試着は完全予約制になっており、予約が取れたのは約1カ月後。そのときには、アイスブルーは売り切れてしまった。私は悟った。そもそも、実物を見る機会がほぼ完全予約制に限られていたコロナ禍のラン活は、むしろ早めにスタートダッシュを切らねばならなかったのだ、と。時すでに遅し。

あんなにあこがれたランドセルが手に入らないと知り、子どものランドセルへの情熱は一気に冷めた。私自身も、少々燃え尽きていた。親子ともども気に入ってすっかり「これを背負って進学するんだな」という気分になっていただけに、喪失感があったのだ。

楽しく学校生活をスタートさせるためのアイテムと割り切っていたはずなのに、失敗したくないという欲目が出たからこうなった、という罪悪感があった。子どもに申し訳なく、日和った自分に失望していた。

旅の指針を失うと、私は多すぎる選択肢に翻弄された。

ランドセルは、メーカーも山ほどあれば、色もデザインも重さも価格もさまざまだ。土屋鞄や池田鞄といった老舗工房系メーカーの高級ラインもあれば、広告を打たずに低価格を維持する老舗メーカー、人工皮革のお手頃ラインを作り続けている定番メーカーもある。またアパレルブランドやスポーツメーカー、生活雑貨店、百貨店やイオン、ニトリといった大小の小売りチェーンまで、オリジナルでランドセルを作っているのだ。

調べれば調べるほど頭はこんがらがり、さらに現役小学生の保護者による「ランドセルの横にはナスカンとDカンが両方付いていた方がいい」「かぶせ(ふた部分)を開けてすぐのポケットはマチがあった方がいい」だのなんだのというネットの口コミにも踊らされた。

何日も何日も、ひまさえあればウェブとInstagramを指先でめくり、いくつかのメーカーのカタログを取り寄せたが、どうにもこうにも気が乗らない。何より、子どもの気に入るものがまったくないのだ。カタログではイメージがわかないのかもしれないと何カ所かショールーム見学もしたが、

「好きなのない」

「色はやっぱりアイスブルーがいい」

「動物の皮を使ってるのは嫌だ」

と、なかなか前に進まない。

そんなこんなで迷い続けているうち、さらに心を乱してくるものが出てきた。それは、自分の奥底からマグマのようにゴゴゴと湧き上がってきた、ランドセルに対する疑念だった。

(次回に続きます)

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