ひよことふんと桜餅

子どもと歩く秋の帰り道、ひよこを踏んだり、なんだり。
有馬ゆえ 2023.11.10
誰でも
「あれコアラみたいじゃない?」って言ったら子どもが耳をつけてくれた。photo:yue arima

「あれコアラみたいじゃない?」って言ったら子どもが耳をつけてくれた。photo:yue arima

 こんにちは。ライターの有馬ゆえです。

 気づけば11月になり、レターを配信せずに10月が終わってしまいました。うっうっ(←マンガ的表現)。

 さて全国の小中学生のうち約30万人が不登校という調査結果が出た10月は、不登校支援をはじめさまざまな教育活動をしているカタリバさんに取材した記事が公開されました。必要な人に届け…!

 私生活では、引き続き学校に行かない子どもとの生活をぼちぼちやっています。就学後の子どもと毎日一緒に過ごせるというのは、もちろん疲れることも間々あるものの、どこかギフトのようでもあります。今回は、そんな子どもとの日々の話を。

***

 気持ちのいい秋に、学校に行かない子が通う自治体の「教育支援センター」へ子どもが行くようになった。小学4年生までは送迎が必要だというので、週に何日かは徒歩30分ほどの距離を子どもと二人で歩いている。

 10月のある晴れた日の帰り道、子どもが突然、

「あっ、お母さんひよこ踏んだよ!」

 と、つないだ手を引っ張ってきた。ぼーっとしていた私は焦って目の前にピントを合わせ、だが瞬時に心で「いやいやひよこがいるわけあるまいよ」と子どもの言葉を打ち消した。

 まあしかし、それではつまらない。というわけで、乗っかってみることにした。

「うそ? ひよこ? えっ、私踏んじゃったの? どうしよう!」

「あーあ、ひよこ踏まれちゃってかわいそうに…」

「あらーひどいことしちゃったな。なんであんなところにいるんだろう?」

「知らないよ、そんなこと」

「そっか、そうだよねぇ」

「まさかお母さんがひよこ踏んじゃうなんて、そんなことある?」

 私たちは肌寒い日陰の道をスピードを緩めることなく歩き、いつものようにおやつを買うためにスーパーに入ろうとした。

 すると、慣れた調子でカートを引き出しながら、ふいに子どもが口の中で小さくつぶやく。

「あれ枯葉だったかも」

 驚いて足を止めた。そんな私を他所に、子どもは入り口の消毒液を手に吹き付け、振り向きもせずアイス売り場に向かって歩き出している。

 10月の後半だというのに昼間はまだ25℃を超える日が続いていて、子どもは夏から気に入って食べているパピコのチョココーヒー味を、教育支援センターからの帰り道には必ずかじった。歩きながら食べやすいのがいいのだという。通所を始めて1カ月あまり、私はすでにどのあたりでパピコの1本目を食べ終え、さらにどのぐらい歩けば2本目を食べ終えるのかを把握していた。

 図書館のブックポストに借りていた本を返し、区立体育館の前を通って、大きな橋にさしかかる。橋の端っこの方には、茶色くなってしまう前の少し湿り気がある桜の葉が、風で吹き寄せられていた。黄色や赤のまだら模様が美しい。

 橋を渡り終わる頃、目が少し先にある一枚の美しい赤だいだい色の葉に吸い寄せられた。視線を置いたまま、それをまたぐ。と、子どもがすいっとそれを拾った。

「お母さん、あげる」

 小さな親指と人差し指に私のそれを合わせて、美しい葉を受け取る。一瞬、きれいだから拾ったけど家にあっても困るから私にくれたのかな、と邪推してから、勝手に悪意を読み取った自分に嫌気が差した。仮にそうだとしてもいいじゃないか、ともう一人の自分に叱られる。だいたい、きれいだけどどうせ捨てるから拾いたくないなあというのは、あなたの無意識ではないですか?

 住宅街に入ると向こうから小学生ぐらいの子が2人、おしゃべりしながら歩いてきて、右手につながれた手が離れた。「こっちに行こう」と子どもはくるりと角を曲がり、ぐんぐん進んで近所の団地の方へ消えた、と思ったら、そこへ追いついた私に脱ぎかけのリュックサックをぐいぐい押しつけてくる。

 かばんを受け取れば、抜け出た身体がパッと駆け出す。早足で追いかける。と、今度は急に立ち止まって道ばたの植物を観察しはじめる。

 子どもを追い抜いて団地を抜ける。重たいデニムのワイドパンツをバタバタとふくらはぎに当てながら、大股で歩く。足元にある枯葉をなんとなくよける。そこへ、後ろを突いてきていた子どもが

「見てよ!」

 と叫んだ。

 振り返ると、さっきの枯れ葉を指さしながら目を見開き、子どもがマンガのようにわなわな震えている。その指先をあらためてじっと見ると、なんとそれは正六角垂の形になった犬のふんだった。枯れ葉を踏んでわざと音を立てようなどという色気を出していたらとんでもないことになっていた!

「サングラスしてたから落ち葉だと思った!」

 そう言うと、すぐさま子どもは見開いた目をこちらに向けた。

「お母さん踏んだ??」

 踏んでないよ、と答えると、絵に描いたようにホッと緩んだ表情になる。おもしろいなあ、ひよこのときとは大違いだなあ、と心の中で笑った。

 その夜、お風呂上がりにダイニングテーブルで絵を描いていた子どもが、ふっと目の先にある桜の葉っぱを手に取った。匂いを嗅ぐ。

「かしわもちのにおいがする!!」

 世紀の発見とばかりに、向かいに座った私の鼻にガサガサした枯れ葉を押しつけてくる。「桜餅でしょ~」と言いながらすんと嗅いでみると、本当に桜餅の香りがした。

 数年前、木々の若葉が茂ってくる初夏になると大きな桜の木がある近所の公園が桜餅の香りに包まれることを知ったときの、世界の色が変わったような感覚を思い出す。それだけでも心が震えたのに、その香りは紅葉してカラカラになってなお葉っぱに残っているなんて! 猛烈に感動が湧き上がり、熱っぽくそれをに伝えたが、子どもはもう関心がなさそうに画用紙に色えんぴつを走らせていた。

 翌日、教育支援センターに向かう道すがら、私たちは桜並木の下を歩きながら何枚も落ち葉を拾って嗅いだ。他の葉っぱも桜餅の香りがするのか、確かめたかったのだ。しかし、それらからはただの枯葉の匂いしかしなかった。

 じゃああの持ち帰った桜の葉っぱは、なぜ桜餅の香りがするのだろう。そこで、気まぐれに私は1枚、枯れ葉の匂いがする桜の葉っぱを持ち帰ることにした。そして不思議なことに、夜二人で匂いを嗅いでみると、枯れ葉のにおいをさせていた桜の葉は桜餅の香りになっていたのだった。

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