食べられないものを食べる人たちと暮らす

偏食の私と、どんなものでもおいしく食べる夫と子ども。
有馬ゆえ 2023.07.28
誰でも
近所の公園の畑活動で収穫したブドウ。おいしそう、とは思えるのに、私は食べられない。photo:yue arima

近所の公園の畑活動で収穫したブドウ。おいしそう、とは思えるのに、私は食べられない。photo:yue arima

こんにちは。ライターの有馬ゆえです。

2014年から2020年まで、佐賀新聞のフリーペーパー「Fit ecru」で『オンナゴコロ見聞録』というやや気恥ずかしいタイトルの連載を持っていたのですが、先日当時の担当さんから「取材でオンナゴコロのファンだった方に出会いました!」とLINEをもらいました。このレターのことを紹介したら「読んでみます」とおっしゃっていたそうで、連載が終わって3年も経っているのに…とじーんとしてしまいました。ありがたや。ちなみに同連載の文章は、加筆修正してこのレターにも掲載していますので、よかったらご覧ください。

さて今回は、食べられないものが多い私と、ほとんどのものをおいしく食べる夫と子どもについて書きました。他人との暮らしが開けてくれる人生の窓について。

***

「ヨシタケシンスケさんはね、『何食べたい?』って聞かれると困るんだって。だけど、何を出されてもおいしく食べられるんだって」

突然、夫が言った。ヨシタケシンスケ『思わず考えちゃう』(新潮社)を読んでいて、「自分と似てる!」と思ったらしい。

うちの夫と子どもは、基本的になんでも食べる人だ。我が家では私だけが偏食で、好んで食べたいものが少ない。やわらかいパン、焼きそば、うどん、パスタ、グラタン、ドリア、おかゆなど、口の中でどろどろもちゃもちゃするものは、嫌いでほとんど食べない。カレーライス、オムライス、肉だけのハンバーグ、ジャガイモメインのおかず、丼ものなどもたくさんは食べられない。しょうがやみょうが、からしなどの薬味は刺激がつらく(大葉やパクチー、ちょっとのわさびはここ5年ぐらいで食べられるようになった)、にんじん、生のタマネギ、かぼちゃなど嫌いな野菜も少なくない。食べられない果物は紫色のブドウだけだが、ただ熟しすぎるとどんなフルーツでも気持ちが悪くなってしまう。お菓子関係は、香料で再現したフルーツ味はレモン以外は酔ってしまうし、植物油脂は気分が悪くなり、人工甘味料は苦みがきつい。おいしそうなお菓子が食べられなくて悲しい。

実は私は長らく「これぐらいの人、別にいるでしょ」と思って生きてきた。が、どんなものでもおいしく食べてきた夫からすると、私の食の好みは不思議で仕方ないらしい。あれが嫌だ、これが嫌だとえり好みをし、味が混ざるからとおかずを別のお皿にのせたがったり、納豆を食べるスプーンとヨーグルトを食べるスプーンを分けたりするのを見ると、「ほぁ~~~! 精度の高いセンサーですなあ!」と感心するのだそうだ。

「俺は『好き嫌いがない』ってよく言われるけど、それも違う。『嫌いがない』なんだよ。全部好きってことになる……いや『好きじゃない』はあるよ。でも断るほど嫌いじゃない。例えば、さつまいものサラダにレーズンが入ってたり、酢豚にパイナップルは入ってたり、果物が入ったおかずは苦手だけど、別々ならおいしいの。レーズンだけ先に食べちゃえば、レーズンもおいしい、サラダもおいしい。酢豚も同じ。たで、ってあるじゃん。食べたことないけど、たぶん苦いんだよね? たぶん『にがっ』て思うけど、食べると思う」

たでが苦いことは小学生の時に観た『サザエさん』で知った、という無駄話を挟みつつ、夫は自分が「何食べたい?」と聞かれてなぜ困るのかを説明し始めた。

曰く、ヨシタケさんは決めること自体が苦手だが、彼は決められるけれど食べ物の「嫌い」がないから決め手がないのだそうだ。

「どんぐりの背比べじゃないの。好みが360度全方位だからどれも甲乙つけ難い。それぞれにいいとこあるんだよ。そこまでおいしいと思わないものでも、嫌いまでじゃないんだよ。ノットフォーミーまでもいってないかもしれない。お腹空いてても食べないみたいなものってないよ。コンビニで嫌いなもの探すの至難の業だと思うな。コモディティ的な最大公約数みたいなところで、ちゃんと整えてるじゃん」

自分の使わない言葉で食について説明されて、面白いなあと笑ってしまう。それと、食べ物の好き嫌いそのものについて考えることのなかった人が、40代も後半になってから自分と食について考え始めていることも。他人と過ごす生活がもたらす風穴。

結婚に限らず、他人と長く一緒に暮らすということは、人生の部屋の窓が増えるということなのではないだろうか。もともと一つの窓からしか外の景色を観ていなかったのに、家族を持ったら夫の窓と子どもの窓が開き、あらまあこちら側にはこんな景色が開けていましたか、という体験をし続けている。

どんなものでもおいしく食べる人の人生を知るのも、そのひとつだ。

食事のメニューを自分で決めたいというたった一つの理由から、私は我が家の食事担当をしている。しかし食事の用意をするという任務を遂行する立場に立ってみると異なる視点が生まれるもので、私の好きな物ばかりを作っていては彼らはつまらないだろうとか、私の好みに合わせることで彼らの栄養が欠けるのは申し訳ないという気持ちが湧くようになった。私が食べないもののなかには、時間も手間も省け、かつ家人が喜ぶメニューが多い、という事情もある。例えば、袋からそのまま出した食パンやロールパンとか、パスタにソースをからめただけのものとか、どんな野菜を入れても味が安定しやすい焼きそばとか焼きうどんとか。

そのため私は常々、自分の食べないものを買い、食べないものを作る、という仕事をしている。味見もしないし、嫌なにおいのものは鼻をつまんで作ったりするのだが、興味のなかった料理でもレシピ通り作ること自体は面白く、なにせ食べる人たちがだいたいのものをおいしく食べるのでうれしい。これは、自分の家族を持つまで味わったことのない喜びである。

夫や子どもがあまりにおいしいというので、試しに食べてみようか、という気になることもある。このあいだは、いただきものの果汁でみなぎったピオーネがあまりにつやつやと美しかったこともあり、つい「ひとつちょうだい」と夫のお皿に手を伸ばしてしまった。

だが、歯がぶちりと実を割り、歯と歯が合わさった瞬間に後悔した。皮にこすれて歯がきしみ、身がすくむ。果汁の渋みと酸っぱさが口中に広がって顔が歪む。口の中の果汁の飛び散った箇所がイガイガして、同時に舌を皮の裏の苦みがかった渋みが刺激し、背中がぞわりとして、目がチカチカする。出すわけに行かないと咀嚼をすれば、噛むたびに皮がすれてきしみ、不快感で体が震える。

どうにか飲み込み、幼いころのブドウを食べたときの不快感がよみがえった。昔住んでいた木造一軒家の居間の風景まで目に浮んだ。他人事のように、いや~、これが嫌だったんだな、と笑ってしまう。これをおいしく食べてる夫と子どもはすごいな、その感覚が楽しいなと思った。

きまぐれに、栄養のために、と苦手な野菜をひとかけらだけ食べ、やっぱり嫌だ、と思うこともある。あるとき、シチューに入ったにんじんがおいしくなくて、つい「このにんじんは君たちはおいしいの?」とたずねたら、シチューをかっこんでいる子どもが

「え? おいしいけど? なんで?」

と逆に質問をしてきた。

「うーん、食べてみたら苦手なにおいがしたから……」

とおずおず伝えると

「へーにおいか~」

と何でもない口調で言って、ペロリと完食し、おかわりまでした。その姿を見ていたら、私がにんじんを食べて嫌な気持ちになったことなどどうでもよくなった。私がにんじんを嫌いなことはそれはそれでよく、自分が嫌いなものでも他人がおいしく食べているのは別に嫌ではないのだな、とも思った。

好きなものが偏っているので、育った家の食卓ではあまり楽しい気持ちになったことがない。嫌いなものも食べないといけなかったし、祖母にも母にもそもそも嫌いだと言い出しにくかった。

でも昔から友人に恵まれてきて、例えば畳屋さんちのあの子は、小学生のときは遊ぶたびに私のためにカナダドライを用意してくれて、大学のときは今はなきカカオプリッツを買って一人暮らしの家に遊びに来てくれて、今は彼女の義理のお義母さんが作るおいしいフロランタンとシフォンケーキをよくおすそわけしてくれる。中学時代の友人たちは、お弁当や学校の合宿所で出る食事のうち食べられないものを「はい」と渡すと「はいはい」と慣れた調子で食べてくれた。20代の初めをともに悩んだ紅茶屋の彼は、当時からいろいろなお茶を飲ませてくれて、私は自分でもおいしく飲めるフレーバーティーと出合うことができた。

いまはそんな役割の多くをなんでもおいしく食べる夫と子どもがしてくれている。外で食べ物を買うときは「お母さんにはお母さんの食べられる味」を選んでくれるし、苦手なものは代わりにおいしく食べてくれる。なにより外食で注文することのハードルがかなり下がった。やっぱり完成した料理から食べられないものだけをはじいたり、大部分を残したりするのは気が引けるからだ。

と、書いている最中に、夫から嫌いな料理が見つかった、というメッセージを送られてきた。チョコミン党の方々が喜ぶような、限定商品などで出るチョコミント味の蒸しパンやスイーツが苦手なのだそうだ。

果たしてそれは料理なのか? フレッシュミントのお茶やシャーベット、サラダ、ミントの入ったエスニック料理などは口にしたことがないだけで食べられるのではないか? という疑問が湧く。

ああ面白い。今度、どこかのお店で食べてもらって感想を聞いてみよう。

***

ご意見、ご感想、ご相談、ご指摘、雑談などあれば、このレターに返信するか、下記のアドレスまでお寄せください。どうぞみなさま、おだやかな週末を!

bonyari.scope@gmail.com

無料で「ぼんやりスコープ」をメールでお届けします。コンテンツを見逃さず、読者限定記事も受け取れます。

すでに登録済みの方は こちら