人工子宮の夢、あるいは妊娠日記

妊娠期間は、自分が動物であるという実感との戦いだった。
有馬ゆえ 2022.06.17
誰でも
photo:yue arima
photo:yue arima

こんにちは。ライターの有馬ゆえです。

今年の初夏はアゲハチョウ飼育にハマり、3頭が旅立っていきました。葉っぱを食むシャミシャミ音はかわいいし、初めて見た蝶の羽化はなんとも不思議で美しかった。アゲハチョウは秋まで産卵するそうなので、引き続き楽しみたいと思っています。

さて今回は、人間は動物なんだと思い知った妊娠、出産体験について。未来の出産に対する個人的な希望について。

***

命の誕生を待つ期間は、ひたすらに恐怖だった。

妊娠を知った2015年の初め、ただこれまでと同じ生活をしているだけで、私の体は何者かに操られるように変化するようになった。まず始まったのが、つわりだ。お腹が空くと気持ちが悪くなる「食べづわり」に近い状態で、体が落ち着かず、とにかく何かを食べていた。まだ仕事で街に出ることも多く、そわそわすると近くのマクドナルドを探し、ダブルチーズバーガーかビッグマックのセットを頼むのが常だった。

妊娠期は、赤ちゃんを育てるために体にさまざまな変化が起きるといわれる。例えば、女性ホルモンであるエストロゲンの分泌量は妊娠前の50~1100倍、体内の血液量は妊娠前の1.4倍になるそうだ。体感としては、胸がぐんぐんと膨らみ、体はむくみ、体重が増え、息が上がるようになり、お腹がせり出していく、という感じ。一方で、自分の中に1人の人間が入っているという実感は、まったく得られなかった。

定期健診で産科を受診すると、毒気も主張もないが気だけはいいおじさん担当医は、いつも私のお腹のなかをエコーと呼ばれる超音波の機械で診た。診察台に寝転んでお腹を出した私は、斜め上の小さなテレビ画面に映し出される映像で、胎内の様子を説明してもらった。

真っ黒な画面に、うごめく白い影。それを見ながら医師は赤子の健康を確認しているようだった。しかし、ここが頭で、ここが心臓で、ここが手で、ここが足で、と解説をされても、私には白い影は全然赤ちゃんになんか見えなかった。ただ、それが赤子なんだという世界だとは理解していたので、はーなるほど、ふーん、などと曖昧に受け止めていた。初めこそ「どこが頭ですか?」「これは何ですか?」などと質問していたが、わからないことだらけで暗中模索の妊娠期、一つひとつを追究する気力を保つのは難しかったのだ。

妊娠して6カ月ほどになると、

「そろそろお腹の中で子どもが動くのを感じられますよ」

と医師に言われた。いわゆる「胎動」というやつだ。やっと、いる、と感じられる、と期待したが、私はそれもうまく感知できなかった。そもそも、初産なので何が胎動かもわからないのだ。仕事部屋でパソコンを叩いている最中、何かが動いたような気がすると、すばやく静かな和室に移動し、目を閉じ息を潜めて「これが胎動か? 動いてるのか?」とお腹の奥を探るように全神経を集中させたものだった。

やがて妊娠期の終わりになると、子どもが動いてお腹が波打つ、というすごい体験をした。盛り上がったお腹が、中にいる生物の意思で動く様は不気味で、宇宙人に寄生されたような気分だった。それが小さな小さな人間だとは、俄かに信じがたかった。概念だけの命を抱えて、半年以上、ずっと不安で体がはち切れそうだった。

妊娠期間、私は生まれて初めて自分が動物なのだ、と実感していた。重いお腹を抱えて近所の駅前にあるマクドナルドの前を通ったとき、「私は牛の仲間だ!」となぜかはっとした。

36年間、ずっと頭の中ばかり見つめて生きてきたのかもしれない。勉強しろ、頭を使え、理性を保てとは言われたが、動物の体でどう生きるかを問われたことはあっただろうか。

10歳で受験勉強を始め、同時期に文章を書くようになり、17歳で大学院進学を決め、23歳でアカデミズムの片隅に籍を置き、さらに物を書く仕事についた私は、考えることに閉じこもって生きてきた節もある。ちょうど、逃げたい現実もあった。

大学、大学院と近代文学を学んでいたのも無関係ではないはずだ。その時代の文豪や小説の登場人物たちは、頭脳を使える「知識人」こそ近代を生きる人間なのだという顔をしていた。

初めて我が子を見たとき、「あ、ほんとにいた」と驚いた。

半身麻酔の帝王切開手術で、銀色の手術室に鳴り響くスティービー・ワンダーのHappybirthday。もんやりした意識で、肌色の小さな生き物を見た、気がする。

出産予定の病院では、子どもは頭を上にしている「逆子」だったり、母親の年齢が高かったりと母子に危険が生じる可能性がある場合は、子どもを膣から産む普通分娩ではなく、下腹部を切って産む帝王切開手術になる、とされていた。ただ、逆子×高齢出産の私たち親子(というか私)に対して、医師や助産師は「逆子が治ったら普通分娩だな」という雰囲気を醸し出していた。

焦った。密かに、帝王切開で子どもを産む、と決めていたからだ。だから、逆子を治すと言われる体操は一回もしなかったし、妊娠後期は概念の子どもに「頼むからそのままでいてくれ」と祈った。

なにしろ、普通分娩は怖かった。長ければ数日続くという陣痛も恐ろしかったし、膣の内側から子どもがぐるぐる回転しながら出てくるなんて想像の範疇を超えていた。しかも、そのとき膣の入り口を切られたり、排便やら嘔吐やらをしてしまったりするかもしれないというのだ。今以上に体がままならなくなるのだと思うと、恐怖心で頭がおかしくなりそうだった。

それに比べれば、麻酔を打ってお腹を切る帝王切開は、いくぶんも安心できる方法だった。日程が決められ、所用時間もだいたい決まっているから、予定が立てられるのもよかった。

とはいえ、担当医に、

「帝王切開の場合、おなかを切って、そこにある膀胱をちょっと横に置いてですね、その下にある子宮を切って、赤ちゃんを出すんです。そして、出産が終わったら子宮の傷を縫って、膀胱を戻して、お腹を縫うんです」

といった説明をされたときは、ひええと心で悲鳴を上げていたのだけれど。

出産による肉体疲労は富士登山後と同じだといわれる。さらに女性ホルモン量の激減で、母体は心身ともに不安定になると聞く。まあ実際、そうだった。

帝王切開は足のむくみやお腹の傷の痛みもつきもので、私の場合は出血量が多くて輸血をしたり、麻酔が効きすぎたりと術後のトラブルも少々あった。膣からぶにぶにしたレバーのような胎盤の残りが出てくるのにも地味に精神を削られた。ちなみに、そのため経産婦はもれなくおむつみたいな大変蒸れるナプキンをつけることになる。

だが私の例なんて、序の口なのだ。後陣痛という産後の陣痛(なんだそりゃ)に苦しめられる人もいるし、妊娠、出産して貧血になる人、高血圧になる人、白内障になる人、もっと重い症状を抱えたり、命の危険にさらされる人もいる。母子共に健康です、という言葉の重みを知った。

長く続く産後の不調に耐えながら、私はずっと考えていた。これだけ人間が進化してきたというのに、なぜ子孫を残すということについては動物的なシステムのままなのか。悪くすれば母親が死ぬということがわかりきっているのに、日本人が「知識人」になってからでさえ100年以上が経っているのに、女の体を使う以外の方法がないなんて。

それとも、私たちは出産の犠牲になるべき性なのか。生むかどうかが選べないのに、生んで死んでも仕方ない。そんな扱いを自分の子どもも受けるのかと想像すると、奈落の底に突き落とされた気分に今もなる。

ガス灯は電気になり、電車は高速化し、車はそのうち自動運転になりそうだ。電話も電報もすたれ、銀行ATMすら活用されなくなり、情報も貨幣もデジタル空間でやりとりされる。それならば、母親と父親の体から取った卵子と精子を病院の胎児棟の人工子宮で育て、生む未来があってもいいじゃないか。

決して夢想や憧れじゃない。産後の私は、はっきりとそれを望んでいる。

***

今回も、読んでくださってありがとうございました。

ご意見、ご感想、ご相談、ご指摘、雑談などあればお寄せください。どうぞみなさま、おだやかな週末を!

bonyari.scope@gmail.com

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