こんな夜更けにぞうきんかよ

「明日の持ち物:筆記用具、連絡袋、自由帳、道具箱、防災頭巾、ぞうきん2枚」
有馬ゆえ 2023.04.14
誰でも
photo:yue arima

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こんにちは。ライターの有馬ゆえです。

4月の初めに、友人でライターの小川たまかさんに会うため、子どもと京都へ行ってきました。感染者数が少なくなるのを待っていただけだったけど、たまたま桜満開の時期にあたりラッキーでした。品川駅も新幹線も京都の町も、4割以上は外国人観光客だったのでびっくり。

鴨川沿いを歩く小川さんと子ども。小川さんが背負っているのはうちの子のリュック(優しい…)。photo:yue arima

鴨川沿いを歩く小川さんと子ども。小川さんが背負っているのはうちの子のリュック(優しい…)。photo:yue arima

3人で南禅寺を散歩したり、鴨川でアイスを食べたり、小さな本屋さん「メリーゴーランド」で桃山鈴子さんのイモムシの展示に魅了されたり、そこいらへんの公園で遊んだり、太陽の塔を見に遠出したり、たこ焼きを食べたり、小川さんちのももあんちゃんを訪ねたり、家族みたいに過ごしたもりだくさんの旅でした。楽しかった~。

じつぶつ!photo:yue arima

じつぶつ!photo:yue arima

イノダコーヒでモーニング。photo:yue arima

イノダコーヒでモーニング。photo:yue arima

さて今回は「こんな夜更けにぞうきんかよ」をお送りします。京都から帰宅した翌日の私を襲ったのは、「明日までにぞうきんを2枚」という学校からのお達しでした。深夜にミシンをかける私と、遠くで呼応するどこかの保護者たちと。

***

子どもが2年生に上がった始業式の夜、その日の夕方にオンラインで配られた学年だよりを見ながら翌日の金曜日に持っていく物リストを確認していたら、そこに「ぞうきん 2枚」という文字が並んでいた。

ぞうきん2枚? 無茶言うな。先生、新学期が始まらないとおたよりは配れないのかもしれません。しかしながら、ぞうきんは始業式の翌日に使いますか? その日にするのは教科書配布や自己紹介、席替えぐらいで給食もないではないですか。万が一、何かあったら予備のぞうきんを使うのではダメですか? 土日をはさんで週明けの提出では問題がありますか? 御校の共働き率をご存じですか? 会ったこともない新しい担任に、脳内で話しかける。

ぞうきん。確か1枚ならある。去年の今頃、学校に入学したばかりの時期に作った残りがあるからだ。しかし、持たせなければいけないのは2枚だ。ぞうきんのストック、2枚はない。

時計を見れば19時すぎ。21時半に子どもを就寝させようと進行する我が家には、近所のDAISOへぞうきんを買いに出る時間はもうない。本日は夫不在のワンオペデーなのだ。だいたい私はケチなので、お金を出してぞうきんを買うなどということはしたくない。明日の提出は諦めて来週に、という考えもよぎったが、土日に面倒なタスクを先送りする方が嫌で、ならば今夜作るしかないか、と、結論づけるまで10秒ほど。

子どもに言う。

「ぞうきんないからさ、あなたが寝た後にミシンでガタガタ縫うけど、もしその音で目が覚めても『やってるな』って思って起きずにまた寝てもらっていい?」

「うん、わかった。私のためにやってくれるんでしょ? なら1人で寝るよ」

「えっ、ほんとに? すごい! 1人で寝られるの?」

「うーん、やっぱり本だけ読んで」

「わかった」

「……やっぱりちょっとだけ寝るまでいて」

(かわいい)

そんなやりとりがあったのち、私たちは夕食をすませ、入浴をすませ、寝るしたくをすませてふとんに入った。そして子どもは、伊藤潤二『双一』の読み聞かせをリクエストし、お気に入りエピソード「双一の勝手な呪い」にニヤニヤ笑ってから、すっと寝た。

寝息を立てはじめたあたたかい生き物を残し、のそのそとふとんから這い出る。スマホを見ると時刻は21時過ぎ。子どもの友達のママの友人からLINEが入っていた。

この日はちょうど子どものダンス教室の日で、同じクラスに通う子を持つその友人には、帰り際、「うちの子、ダーッと友達と走って行っちゃって……このへんで見ませんでしたか?」と困った顔で声をかけられたきりだった。どうなったのかと思っていたが、その子は「ママがいないから先に帰ったのかな」と一人で帰宅していたらしい。

友人は帰路の途中で前を歩く娘に気づいたとLINEに書いていて、私は日が暮れてから子どもとはぐれて帰宅するときの心許なさを想像して震えた。ついでに、翌朝持っていく道具箱を開けたら16本入りの色鉛筆のケースに5本しか入っていなくて絶望しているらしい。色えんぴつ、11本もどこいった。私は私で、ぞうきんの件と、これから現実逃避にオレンジをやけ食いする予定であることを報告し、リアルタイムで互いに慰め合う。違う小学校に通う子どもを持ちながらも、私たちは初めての進級をともに味わっている。

冷蔵庫からオレンジをひとつ取り出す。大学生の時にバイト先の飲食店で覚えた剥き方で、きれいに皮を落としていく。まずヘタのついた頭を落とし、お尻を落とし、頭を上にしてまな板に立てたら、今度は実と薄い皮のあいだにナイフを垂直に当てて、上から下へと皮をそぎ落としていく。果汁が出るのがもったいなくて大きめに切り分け、口に入れると、じゅわり、じゅわりと甘酸っぱい果汁が広がった。おいしい。物足りず、もう一つ剥いて食べる。

さて、ぞうきんである。

気軽に店名入りのペラペラタオルがいただけるわけではないこのご時世、こうしたタイミングでいらないタオルがあるお宅はどれぐらいあるのだろうか。少なくとも我が家には1枚もない。引き出しを物色して、いつもらったのかも覚えていない新品のタオルを見つけたが、「誰かが泊まりに来るかもしれないし」と、結婚して以来、一度も家に来たことのない宿泊客への心配が突然、頭をもたげてくる。使ってもいないタオルをぞうきんにする抵抗感が、変な形で出てきたな、と思った。

ならば、バスタオルだ。我が家には、きれいなバスタオルのストックが4枚もある。子どもが一歳半から通った小規模保育園の時代に、お昼寝用寝具として用意する必要があったのだ。いまこそ奴らの1枚を一軍へ昇格させ、ベテランの(あるいはくたびれた)バスタオルを引退させるときなのではないでしょうか!

名案である。すぐさま、部屋干ししてあった友人の出産祝いのバスタオルをピンチから外す。鮮やかだったピンクは薄らぼけ、手触りもカピカピザラザラ、繊維が尖ってささくれだったところもある。新品のふわふわバスタオルがぞうきん候補になるまでの7年という年月に、改めて驚く。

キッチンで、電気ケトルに水を入れる。お湯が沸くのを待ちながら、スマホで「ぞうきん 縫い方」を検索する。ずらりと並ぶ検索結果。一番上のサイトに見覚えがある。一年前にも同じように検索をしたのだろう。製作の工程をなぞりながら、このページがたくさんの保護者のぞうきん作りを支えてきたのだ、とふいに思う。毎年4月、ネット空間のこの場所に、全国津々浦々から見知らぬ保護者たちがわらわらと集まってくる図を想像した。私と同じように、今この瞬間、スマホでぞうきんのぬいかたを調べている人もいるだろうか。そう考えると、現実では出会えない誰かの存在を近くで感じられるような気がした。

シューッという音。お湯が沸く。いつもは飲まない夜更けのコーヒーをいれる。

いくつか作り方を見比べる。だいたいのサイトで紹介されているのは、フェイスタオルの長い辺を半分に切って2つに分け、それぞれを折って縫えばできあがり、というもの。丈夫なぞうきんにするには、はじから1センチほどのところを1周ぐるりと、それから対角線をダダダとななめに、を1セットとして数セット、ミシンをかけるといいそうだ。外周を1週してからチョウチョの落書きのような角ばった無限大マークを描くように縫うと簡単だ、と書いてあるサイトもあった。

コーヒーを持って仕事部屋に移動し、普段はまぶしくて使わない天井の蛍光灯をつける。進んできた老眼のせいで、間接照明の灯りではミシンが使えないのだ。しょぼしょぼする目でまばたきをして、ワイヤレスヘッドホンを耳に差し込み、ポッドキャスト番組「東村アキコと虹組キララの身も蓋もナイト」を再生する。

仕事机にバスタオルをたたんで置き、ジョキジョキと布切りバサミで切っていく。白くて短い糸くずがいくつもいくつも、茶色の膝掛けに降ってくる。掃除がしにくそうでイラッときたが、面倒でそのまま切り続ける。ジョキジョキ、ジョキジョキ。怒りと一緒に、いっそのこと来年、再来年の分まで生産してやる、という気持ちがこみ上げてくる。

棚から小さなミシンを出すと、こんなときに限って、ボビンの糸が切れている。膝掛けに、トレーナーに、床に降り注いだ糸くずにまみれながら、ミシンメーカーの公式YouTubeチャンネルで糸巻きの方法を確認する。ボビンに糸を巻きはじめると、ガチャンガチャンとミシンは騒々しい音を立てた。ハウツー動画に案内されるがままに下糸をセットし、上糸をセットし、糸調子を合わせ、縫い目のパターンを決める。母をやるのが、操作の簡単な初心者用ミシンと解説動画がある便利な時代でよかった。

さあ、あとは、縫って縫って縫いまくるだけだ。しょせん掃除に使う布であるからしてきれいに仕上げる必要はない。気楽にやるぞと布に針を落として、なぜか自分の母や義理の母もこうやってぞうきんを作ったのだろうか、それも深夜に、と思う。彼女たちが家族の寝静まった部屋で手を動かす場面が浮かんで、すぐ消えた。

バスタオル出身のぞうきんは縫いにくく、安物ミシンは時折糸を絡ませつつ、やかましい音を立てて働き続けた。私もそれにあわせて、ときに縫うスピートを落とし、ときに押さえを上げたり下ろしたり調節しながら、布を向こう側に送り続ける。ミシンと私のジャムセッション。

そうして、4枚の粗末なぞうきんができあがったのは23時半。あっという間に2時間近くが経過し、私はめちゃくちゃに疲れていた。

これはいったい、だれのための、なんのための労働だろうか。ぞうきんは、ほうきやちりとりと同じ掃除用具なのに、保護者が――主に母親が、手を動かしたり、お金を出して買いに行ったりしなくてはならない。

まぶしい照明をパチンと消し、いつもの間接照明をつける。灯りが小さくなった途端、部屋が静けさを増したように思えた。大きく息をついて背もたれに体を預け、スマホでLINEを開く。ちびりと口に含んだコーヒーはすっかり冷めている。

さっきの友人から、「16色入る色えんぴつのケースに家にあるものを入れてみたけど、まだ5色足りない」という知らせが届いていた。添付写真のなかで、気持ちよく尖った色えんぴつがグラデーションを描いて整列している。私も、腹立ち紛れにぞうきんを4枚縫ってやったことを報告する。隣のトークルームでは、ママとして出会った別の友人と、映画『妖怪の孫』を見にいく約束が着々と進んでいる。彼女たちの気配が、深夜の私の仕事場に漂っている。

私たちははげましあい、母の労働を続ける。

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