不登校児の密室育児

「行かない」子どもと、乳児期以来の密室育児。
有馬ゆえ 2023.05.26
誰でも
保育園に行かなかった時期の1枚。photo:yue arima

保育園に行かなかった時期の1枚。photo:yue arima

こんにちは。ライターの有馬ゆえです。

5月21日に行われた「セイコーゴールデングランプリ陸上2023横浜」100mハードル決勝の寺田明日香さんの走りの余韻が消えません。自己ベストタイ&優勝、かっこよかった~~! あー大好き! 年齢や境遇の壁に挑戦しながらシーンを引っ張っていく姿に憧れる。みんな、これとかこれとか読んで!

かわいい小川さんとかわいいうちの子。photo:yue arima

かわいい小川さんとかわいいうちの子。photo:yue arima

先日、友人の小川たまかさんがthe letterで我が村を紹介してくださいまして、たくさんの方に立ち寄っていただきました(うれし涙)。古くからの読者さんも新しい読者さんも、地味で小さな村ですが楽しんでいってください。ちなみに、出入り自由ですので、お気軽に読者登録、登録解除、再登録などなどよろしくお願いします。

さて今回は、「行かない」子どもと過ごして気づいたことを書きました。不登校児と過ごす日々は、乳児期以来の密室育児のようで。図らずも、2回続けておばあちゃんがらみの内容になってしまった。

※登園、登校しないお子さんを持つ保護者の方へ(ほかにもおすすめがあれば情報をお寄せください)

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子連れで歩くようになり、見ず知らずの人から話しかけられる機会が増えた。特に多いのは、おばあちゃんだ。街で、公園で、公共交通機関で、唐突にゼロ距離で話しかけられ、自らの経験談や独自の育児法についてご教授賜る機会も少なくない。例えば子どもが通っていた保育園の近くでは「子どもは10歳までは毎日ハグするのよ~」と優しく注意喚起してくる「ハグおばさん」と呼ばれるおばあちゃんがいた。

子どもを攻撃されないためにも無害な自分を装いたい私は、彼女たちの説法を作り笑顔で受け止めることにしているが、だがおばあちゃん方の何気ない子育て論というのは、ゆとりがあるときは興味深くても、疲れがたまっていると何かチクリとやられることがある。

あるド平日の午前中のこと。私は学校に行かなくなった子どもと二人、停留所でおしゃべりをしながらバスを待っていた。そこにやってきたのは、背中の曲がったおばあちゃん。彼女は子どもの横に腰掛け、しばらく私たちの会話をにこにこしながら聞いていたが、突然ガバッと顔を上げた。

「この子は賢いね!」

鋭い言葉にひるみつつ、「そうですか、ありがとうございます」と、一礼してから視線を子どもに移そうとする。それを阻むように、おばあちゃんはさらに言った。

「ダメなところを見ちゃダメよ!」

ぐっと喉が詰まる。

「私は母親が厳しくてね、すごく勉強させられたの。いつも目の前に母が座って、できないできないって竹刀で叩かれながら泣いて勉強した。しかも兄が勉強できる人で、すごく比べられたの。勉強が嫌になって、自分は能力を発揮し切れなかったという思いがあったのね。だから、自分は子どもに勉強しろって一度も言わなかった。だけど、子どもは勉強ができたのよ。塾も行かないのに。なんでかって聞いたら、授業中によく話を聞いてたんだって! 大学まで行って、英語の先生になったの。今もね、英語の塾の先生をしているの、もう60歳だけどね」

ほとんど一息で話し切るおばあちゃん。ということは、おばあちゃん80代かよ、元気だな! なんて思っていたら、私たちが乗るとは別の路線のバスが到着した。立ち上がり、バスに乗り込むおばあちゃんは、視線を外さずまだまだ続ける。

「この子は賢い。だからねママ! いいとこだけを見て!!」

プシュー、ガタン! じゃばらのドアが閉まり、バスがブインと出発する。一瞬、あっけにとられてから、自分の心のモヤつきに気がついた。お前は子どものダメなところばかり観ている母親だと決めつけられたようで、傷つき怒りがわき上がったのだ。

おばあちゃんたちが何気なく伝えてくる育児論は、だいたいが「自分の育てられ方の不満」+「自分の子育て(および母親である自分)を認めてほしい気持ち」で構成されている。心にむわっと黒い雲が生まれたこのとき、「私こそ学校に行かない子どもを受け入れていることを認めてほしいんじゃ~!」と思っていたのだ、と自覚したのはその日の夜のことだった。

子どもとの付き合いも7年目になると、そろそろ慣れる、ということが出てくる。我が子の場合、それが「行かない」である。集団行動が疲れるタイプ。

小学2年生に進級して2週間が経ち、案の定、子どもは学校に行かなくなった。そもそも、それまでも1日に1回は保健室で休息を取りながらやり過ごしていたらしい。がんばっていたのだ。そして長い長いゴールデンウィークは3週間にも及び、その後はぼちぼちと登校したり、しなかったりを繰り返している。

保育園の頃から、子どもは環境の変化があるとたびたび行き渋りを起こした。ルールに厳しくはみ出すことを許さない担任のプレッシャーを真っ正面から受け止めたときには、登園することができなくなって転園。筋金入りの敏感さ。小学校も1年生から定期的に学校に行かない時期を挟みながら過ごし、私はすでに「そもそも毎日学校に通うこと自体が奇跡なのだ」という考えになった。2年前、1年前の「行かない」期には止まってしまった生理も、何事もなかったかのように周期通りにやってくる。

私が子どもの「行かない」を受け入れるのには、理由がある。2年前、6歳になったばかりの我が子が示す言葉にならないSOSをキャッチすることができずに保育園に行かせ続けた結果、子どもを深く傷つけてしまう、という経験をしたからだ。

当時の子どもの様子は、思い出すだけで胸が苦しくなる。何か失敗したときに自分の頭をポカポカ殴ったり、大好きだった公園の遊具すら「やりたくない」と拒否したり、「がんばらなくちゃいけないんだ」と切羽詰まった口調で繰り返したり、大好きな食べ物さえ食べたがらなくなったり、教室に入りたくないと私の手に爪を立ててしがみついたり、「けんかすると嫌だから」と友達と遊ぶことを拒否したり。「だって保育園いかないとお母さんとお父さんがお仕事できなくて困るから」とカウンセラーに打ち明けたときには、思わず「つらいの我慢してまで仕事なんかしたくないから行かなくていい」と泣いてしまった。

あのとき私は、無理に集団に戻したり、嫌がることをさせたりするのは逆効果だと痛いほどわかったのだ。そもそも自分から「行かない」と言う子どもは、みんなと同じように保育園に、学校に行けなくなった自分を情けなく、ふがいなく思っているともわかったのだ。私が子どもを受け入れないで、どうすんだ。

とはいえ、「行かない」子どもと過ごす毎日にストレスがないわけではない。

子どもが家にいればご飯も食べるし、人にかまってほしくもなる。外に出て体を動かしたくなるときだってある。おやつを食べ、文句を言い、ハプニングも起こす。また我が子の場合、「行かない」=すでにギリギリまでがんばっている=親に甘えたい=お母さんお父さんそばにいて、ということなので、常に夫婦のどちらかが心を彼女のそばに置きながら生活しなくてはならない。とてもじゃないけど、それは日常生活とは呼べないものなのだ。

子どもが保育園に行かなくなったとき、私と子どもは2カ月ばかり、毎日毎日べったりと一緒にいた。保育園の友達や先生と会わない時間帯に公園に出かけたり、習い事をはじめてみたり、図書館に行ったり、区民プールに行ったり、カウンセリングに行ったり、本を買ったり、おもちゃを買ったり、実家に遊びに行ったり、パンやお菓子を作ったりして、不安定な子どものケアに励んだ。それはうまくいったり、いかなかったりで、一種の修行のようだった。保育園のクラスメイトが運動会や発表会、遠足など、よさげな経験を積んでいるという事実からは、必死で目をそらしていた。

いつまでこのままなのだろうという不安があった。自分の好きなことに鼻歌交じりで没頭するこの子は帰ってくるのか。大好きだったお友だちと一緒に卒園式に出ることはできるのか。小学校へは通えるのか。就学して学校になじめなかったら公教育から見放されるか。収入が減っているのに私立という選択肢しかないのか。それは奨学金で? 特待枠で? はたまたホームスクーリングをするのか。でもそもそも子どもは勉強なんてする気になるのか? 考えるほど不安は膨らんだ。

仕事もほとんどせず、せっかく仲良くなった同じクラスのママさんたちとLINEで話す話題もなく、誰かとつながることのできない孤独感もあった。カウンセリングにかかったり、東京都福祉保健局のLINE相談(現「親子のための相談LINE」)で相談をしたり、似た環境のママさんと励まし合ったりしながら、どうにか持ちこたえていた。

私の心はすさみにすさみ、毎晩隙を見ては硬いおせんべいやクッキーをバリバリ食べた。歯ごたえのあるものを食べることでしかストレス解消ができなかったのだ。食べ続けたので、仕方なく太った。それぐらい、子どもは私を必要としていて、それに応えながらわずかな仕事をこなすだけで心も身体も余裕がなかった。

この頃、私の頭にはよく「密室育児」の四文字がよぎった。これは従来、乳児を育てる保護者が1日の大半を子どもと2人きりで過ごすことを指す言葉だ。私は子どもの乳児期に感じた、社会から切り離され、物を言わない子どもの命を一人で守り続ける息苦しさを思い出していたのだろう。実際、子どもの年齢にかかわらず、子育てをしている人はちょっとしたトラブルひとつで密室育児に陥るのだと思う。なんで家のことは家だけで解決しないといけないんだ。

今でも登校しない子どもと3日も過ごしていれば、私はたやすく私を見失う。心の植木等が「わかっちゃいるけどやめられない」と茶化してくれればいいが、精神のゲージが0スレスレのときはお風呂に入るのも嫌になり、寝たら明日が来てしまうとだらだら夜更かしをして、消えたい、いなくなりたいと唱えるようになる。

だが、ふんばらねばいけないのだ。保育園時代に傷ついた子どもが回復し、転園して自分らしさを取り戻していったあの景色を思いだす。不登校児のママさんとLINEし合ったり、次のカウンセリングで話したいことを書き留めたり、「いつか終わる」と自分に言い聞かせたり。

子どもは学校に行かなくても死なない。いのちだいじに。気楽に行こう。おばあちゃん、あたくし97歳まで生き延びて、60歳の我が子を自慢しますからね!

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