我らの友達あさりちゃん

『あさりちゃん』読んでましたか? 学年誌で? 『ぴょんぴょん』で? それともお医者さんの本棚にあった単行本で?
有馬ゆえ 2023.09.08
誰でも
先日買った『あさりちゃん』の単行本。図書館で借りてばかりだったので、新品を見て子どもが「ぴかぴかだ!」とよろこんでいた。photo:yue arima

先日買った『あさりちゃん』の単行本。図書館で借りてばかりだったので、新品を見て子どもが「ぴかぴかだ!」とよろこんでいた。photo:yue arima

 こんにちは。ライターの有馬ゆえです。湿気がすごい!

 最近、子どもが『ママはテンパリスト』(集英社)、『メロポンだし!』(講談社)経由で知った『きせかえユカちゃん』(集英社)を夢中で読んでいます。面白いんだって。東村アキコ作品のある子ども時代、めちゃくちゃうらやましい! そんな母は、毎日「東村アキコと虹組キララの身も蓋もナイト」を聞いています。ヤバイ姑選手権、オススメです……!

 さて今回は、子どもと私の人生を変えた室山まゆみ先生の『あさりちゃん』(小学館)について書きました。子どもはあさりちゃんもユカちゃんも同じぐらい大好きだそうです。いい友達持ってるねぇ。

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 子どもが突然「あー私、この家に住んでてほんと幸せ!」と言い出した。理由を聞くと、「この家って本いっぱいあって楽しいじゃん? しかもこれ、『あさりちゃん』! これに出会って人生が楽しくなったわ」と話すのである。

 マジか! 図書館で借りた『あさりちゃん』(室山まゆみ/小学館)が、君の人生のQOLを上げたのか! 感激してしまった。私の友達だった『あさりちゃん』が、40年弱の時を超えて、子どもの友達になったのである。

 私と同世代の人には釈迦に説法だが、ここで『あさりちゃん』について軽く解説しておきたい。

 室山まゆみによる超ロングセラー児童向けマンガ『あさりちゃん』は、主人公の浜野あさり、その姉のタタミ、母さんご、父イワシ、犬のうにょ、あさりの同級生、担任の先生などを中心に繰り広げられる日常系ギャグマンガだ。1978年7月に雑誌『小学二年生』(小学館)で連載が始まり、一時期は各学年誌と『コロコロコミック』『ぴょんぴょん』『ちゃお』など、毎月6つもの媒体で連載されていたこともあるほどの人気作品。1982年にはアニメ化もしている。1978年生まれの私が小学生のときは児童向け定番人気作品として知られていて、小児科や耳鼻科、ピアノ教室の待合室の本棚などには、藤子不二雄『ドラえもん』(小学館)、長谷川町子『よりぬきサザエさん』(朝日新聞出版)と一緒に『あさりちゃん』の単行本が並んでいた。

『あさりちゃん』に初めて出合ったのは児童向け雑誌『小学1年生』(小学館)だったと思う。当時、うちの近所では本屋が本を発売日に自転車で配達してくれるサービスがあって、我が家には祖母の購読している『暮しの手帖』と私の読む学年誌が一緒に届けられていた。

 学年誌のマンガはテレビ権を持たない当時の私にとって貴重な娯楽で、毎月の発売日は本当に楽しみだった。悲劇のヒロイン要素詰め合わせバレエマンガ『ハッピーまりちゃん』(上原きみ子、小学館)、現役芸能人登場系アイドルマンガ『歌って!ナナちゃん』(奥村真理子、小学館)も好きだったが、なにより繰り返し読んだのは『あさりちゃん』だった。

 ギャグマンガっぽい緩急と、強く凶暴でとにかく口の悪いあさりとタタミのやりとりが面白かった。『つるピカハゲ丸』(のむらしんぼ)、『のんきくん』(方倉陽二)、『おぼっちゃまくん』(小林よしのり)などにただよう男子ノリが苦手だったので、女たちがのびのび主張して、男たちと対等にバトルする世界観に安心もしたのだろう。自分のマンガだな、という感覚があった。

 作者の室山まゆみ先生が、姉の眞弓先生と妹の眞里子先生のタッグだという事実もお気に入りポイントのひとつだった。一人っ子だったので、姉妹関係に憧れの気持ちがあったのだと思う。

 1988年、学年誌で『ぴょんぴょん』という新しい雑誌が発刊するというニュースを見たときは、色めき立った。なんと『ぴょんぴょん』には、『あさりちゃん』だけでなく『どろろんぱっ!』という室山まゆみ先生の新連載も掲載されるというのだ。1カ月に室山先生の作品が3つも読めるなんて、夢のようだった。『ぴょんぴょん』に『あさりちゃん』と『どろろんぱっ!』のコラボマンガが掲載されたときは、部屋で一人、喜びに身を震わせながら何度も読んだ。その後、『すうぱあかぐや姫』『Mr.ペンペン』などの連載も始まり、面白い作品を量産できる室山先生の仕事っぷりに畏敬の念を抱いていた。

 さて、『あさりちゃん』と言えばFさんである。

 マンガクラブに在籍していたFさんは、背高のっぽで、猫背で、声が低く小さく、いつもうつむき加減の、すごく絵が上手な女の子だった。小学校高学年の頃の私は、少女マンガ的なイラストを描いたり、ティーンズハートの真似事みたいな文章をノートに書き付けたりするオタク趣味な女子だったが、Fさんは私に輪をかけてオタクっぽかった。それが孤高な感じでかっこよかった。

 小学4年生のあるとき、Fさんがあさりちゃんの模写を見せてくれたことがあった。たしか学童の自由時間に描いてくれた、と別の友達Yちゃんが見せてくれたもので、A5サイズぐらいの薄っぺらい紙に、自分の持っている単行本の表紙絵とまったく同じ絵が、鉛筆でササッと書き付けられていた。はちゃめちゃなクオリティの高さで、私は「これが!! 天賦の!! 才能!!!」と雷に打たれたような衝撃を受けた。照れくさそうにすらしない不器用で無愛想なFさんが、急に光り輝いて見えた。

 Fさんは、お姉ちゃんの影響で当時人気の出始めた高河ゆんも大好きで、放送室の前の廊下にしゃがみこんで座っていたときに、これまたすごく上手な『アーシアン』だか『源氏』(ともに新書館)だかの模写絵を、お手本もなしにサラサラッと描いて見せてくれたことがある。あっという間に美しい絵ができあがり、当時、高河ゆんの絵を見たことはなかったが、私はなぜか「これは!!! 本物ですぞ!!!!」と確信した。その右下に書いてあった、高河ゆんをもじったペンネームのサインにも痺れた。自分には想像もつかない世界を持っているFさんは、すごくかっこよかった。その後中学に入り、高河ゆんの書くサインを知って驚いたのは、Fさんが何気なく書き付けたサインが、それすら高河ゆんの模倣だったことだ。

 Fさんは、私が生まれて初めて出会った異才だった。彼女を通して才能とは何かを知った。だから、彼女が空で描けるようになるほど好きだという『あさりちゃん』は、自分が大好きなマンガであるとともに、“あのFさんも認める高尚な作品”でもあったのだ。

 長期にわたり連載が続いた『あさりちゃん』は、2014年、単行本100巻の刊行をもって完結している。子どもがあさりちゃんの友達になるまですっかり忘れていたのだが、実はこのとき、私は室山まゆみ先生にインタビューする機会に恵まれた。永遠に続くと思い込んでいた『あさりちゃん』の世界が終わってしまうのが悲しく、企画を持ち込んだことも思い出した。

 再びそのインタビューを読み返していたら、まさに今の自分のことが書いてあって笑ってしまった。

「(前略)マンガって一度、嫌いにならないといけないのよ。特に『あさりちゃん』のように幼い自分とひもづいたものは、卒業しないと大人になれないから」
 そのため、「嫌いになりました」という手紙が来ると「この子は今、うちのマンガを嫌いになる時期にあるんだな」と考えるのだとか。理想形は、子どもができてから、また戻ってくること(いわく“鮭の遡上”)。自己の投影先だった主人公が、やがて別のものとして立ち現れる―これは、児童マンガならではの現象だろう。
「『あさりちゃん』100巻完結記念! 室山まゆみ先生インタビュー「震災のときにはファンに安否確認のハガキを送った」読者とのつながり」ダ・ヴィンチweb

 インタビュー当時、結婚する予定も子どもを産む予定もなかったので完全に他人事として書いていたが、私は多くのあさりの友人たちと同じく、“鮭の遡上”をしたわけだ。人生って、本当に何が起こるかわからない。

 ただ、寝そべってボーッとマンガを読みながらチルする子どもを見ていて、何か面白い作品を提案したいなあ、でも最近のマンガはリサーチ不足だし、気楽な作品って『あさりちゃん』ぐらいしか知らないし、とひとまず図書館で借りてみたのだ。これは、私自身は自分の持っていた『あさりちゃん』の単行本をすでに売り払い、卒業していた、ということでもある。

 調べてみると、一度は完結した『あさりちゃん』は、2016年に『あさりちゃん5年2組』(101巻)で復活し、今年2023年にも『あさりちゃんリベンジ』(102巻)が刊行されているらしい。

 私が生まれたのが連載スタートと同じ1978年、子どもが生まれたのが復活の前年の2015年、子どもが『あさりちゃん』と出会ったのが102巻目の刊行した2023年。ちょいズレながら勝手に縁を感じ、やはり何冊かは手元に持っておくべきではないか。室山先生には、できるだけ長く私と子どもの共通の友達であるあさりちゃんを描き続けてほしいのだ。

 そんな気持ちになった秋の夜、あさりちゃんの公式ウェブサイトの「コミックス完全リスト」を開き、自分がかつて持っていた巻を探す。そして、「なつかしー!」「この表紙好きだった!」「これ模写したな~」などと一人で盛り上がり、20巻、22巻、24巻、そして最新刊の102巻を楽天ブックスでポチったのだった。

<参考文献> 

↑マンガも読めますのでぜひどうぞ(こちら)。

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